Gazes Also

…もまた覗く

かくしてバンドは鳴りやまず(途中まで)

「いや、神様はサイコロを振らないんでしたっけ」
「最近は振るらしいよ」

色々考えていたら、前職の上司としたそんな会話を思い出した。
不確定性原理の話である。
何故量子論の話になったのかは覚えていないが、今も友人であるその上司とは、時々SF的な冗談の延長線でそんな話をしていた。

私は量子論とは関係なく、ただ個人的な思いとして神はサイコロを振ると考えている。
この世の不条理、生老病死愛別離苦、晴天を突然翳る暗雲、そうした「身に覚えのない不幸」を生み出すのは神のサイコロに寄るものだと。
命の数だけ面のあるサイコロは、ほとんど球体だろう。想像が難しい物体なので、実際にこのことを考える時はルーレットを想像することが多い。
毎日毎秒、宇宙の果てまで届きそうな巨大なルーレットに、神が真鍮色の球を弾き入れる。
誰かの番号で球は回転をやめる。ジャックポット、タイガー。
この「大当たり」に意味はない。賭けという例えを使ったために、「勝ち」「負け」の色がついてしまったのであれば、上手くない例えを謝ろう。そこには勝者も敗者もない。神がサイコロを振ったとして、何故振るのか、振った意味はあるのかと問うても無駄だ。神はサイコロを振れるがゆえに振ったのであり、たとえそこに理由があったとしても、神自身以外に解することはできない。
人間を含むあらゆる命は、生まれた瞬間から毎日毎秒、この意味のない賭けに全てをベットして生きている。
生者が今この瞬間に息をしているのは、ただ単に「ハズレ」を引き続けているからということに過ぎない。
完全なランダム。選別の理由はない。
では死に意味がなく、生き延びたことにも理由がないならば、命自体も虚無なのだろうか。
違う。
生き延びたことに理由がなくとも、今この瞬間に意味は作れる。
私たちが今生きているのは偶然かもしれないが、その偶然が積み重なったもの、すなわち過去には意味が発生する。
死はただの終りだ。
しかし生が築いた過去は不変のものであり、過去の一瞬一瞬は永遠となるのだ。






全日本プロレスの話を書こうとしてテキストファイルを開いたはずなのに、自分の死生観の話をしている。
青木篤志のせいだ。
2019年6月3日夜10時半ごろ、千代田区北の丸公園の首都高即都心環状線外回りで、運転していたバイクを側壁に衝突させ、帰らぬ人となってしまった。
病院に搬送された時間などから類推するに、ほとんど即死だったのではないだろうか。バイク事故といえば、アラビアのロレンスと同じ死に方である。ただしロレンスは事故で意識不明の重体となり、その6日後に死んだ。
私はごく親しい人間にだけ、死ぬときはアラビアのロレンスのように死にたいという話をしたことがある。私はバイクが好きなのだ。特にこの季節のバイクは気持ちがいい。
だから少し青木が羨ましい。
不謹慎だ。こういう思いは冒涜的で良くないことだ。しかし正直な感想でもある。ニュースを聞いた瞬間、「やられた」と思ったのは事実だ。愛憎半ばする人間に(半ばしていたのである)、心ひそかに思い描いていた理想の死に方をされてしまった。
これから書くのは彼への追悼文ではない。
2015年の終わりからこの3年間ずっと、私が考え、悩み苦しんでいたことだ。
何度かこのことを書こうかと思って、そのたびにまだ気持ちが昇華しきれていない、整理がついていないと止めてきた。
正直まだ完全に整理がついたわけではない。けど、いくつかの結論は出ている。何故今書くのか。青木篤志、あんたが亡くなってしまったからだ。この世界で、語られないことは無かったことになってしまう。誰にも知られずこの世から消えてしまうと思わされたからだ。消えるよりマシなら、語りえぬことを語る愚行を犯そう。愚かさのツケは生きている私が背負えばいい。
これから書くのは、故人が2013年に主戦場を全日本プロレスに移してから築いてきたキャリアのうち半分の時を占める時期、いわゆる「全日本プロレス分裂後の3年間」の話だ。
観客は減り、まして取材陣も週刊プロレスとプロレス格闘技DXの2社だけの興行が続き、業界的にも対外的にもスポットが当たることは無かったあの3年間。「試合は良かった」と言われはするものの、具体的に語られることは少ない。
あの時のいくつかの思い出と私の個人的な総括をここに書くことで、故人と、そして今同じ場所で、別の場所で活躍する人々への小さな贐としたい。



2013年6月に武藤敬司が大多数の選手と共に離脱、9月にW-1を旗揚げするに至り、全日本プロレスは旗揚げ以来恐らく3度目であろう瓦解の危機を迎えた。
1991年の天龍、2000年の三沢、2013年の武藤。
3人3様に異なる理由でもって、彼らは去って行った。
ただ、武藤敬司だけは他の2人と少し毛色が異なる。
彼は残留を決めた諏訪魔に電話で「お前、廃業すんのか?」と言ったという。
つまり、彼は明確な意志を持って、全日本プロレスをこの世から消滅させるつもりがあったのだ、と私は解釈している。
この時残留した所属選手は、諏訪魔大森隆男、征矢学(当時欠場中、12月に復帰と共に退団しW-1へ)、KENSO渕正信、SUSHI。
2000年の渕正信川田利明太陽ケアの3人よりは多いが、興行成立不可能という点で、大した違いはない。
7月の新体制発足会見で、この6人に加え、当時プロレスリング・ノア退団後、フリーのユニットとして参戦していたバーニングの5人、秋山準金丸義信鈴木鼓太郎潮崎豪青木篤志が新たに所属選手となることが発表された。これで11人。
さらにこの会見にはフリー選手である曙も出席し、継続参戦も発表された。12人。
発表こそされなかったが、ジョー・ドーリングと佐藤光留の継続参戦も見込まれていた。14人。
ヘビー級8人(うち1人欠場)、ジュニアヘビー級6人。
この7月のサマー・アクションシリーズは、この面子にフリーのMAZADA、宮本和志井上雅央の3人を加え、すべて5試合で構成されていた。
明かな人員不足。
だがこの5試合しかない興行が、大変面白かったのである。
理由は明白だ。皆――ことに中心的な立場の選手達が、その場に立っていること、自分自身の選択とその価値に誇りとプライド持っていたからだ。
そうでなくては、命は懸けられない。

(つづく)

 

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キレの良くないところで公開するのもなんなのですが、明日大阪に行くので、何かあってこれがお蔵になるのも嫌だなと思ったので、追悼文に近い序文だけでも出しておこうと思いました。帰ってきたら続きを書きますが多分かなり長くなるので…今月中に終ればいいな。

週刊ファイトのI編集長が「事実はひとつしかない。しかし、真実はその事実に関わった人の数だけ存在する」と書いていたと市瀬さんが書いていた(又聞きすぎる)ので、まあそういう気持ちで。

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馬場的、三沢的

ほとんど私信なのですが、あまりにも長いのでブログを使います。

 

note.mu

 

上記のnoteを読んで、友人といくつか解釈の分かれるところがありました。

ので、私が思うところをまとめておこうと思い立ったのですが、その成り立ち上、まず市瀬英俊『夜の虹を架ける』を読み、かつ上記のnoteを読み、しかる後ようやく意味が通るというものになっております。ブログで公開して書く意味あるのか…?
タイトルは手元にあった平岡正明の『志ん生的、文楽的』から。

 

夜の虹を架ける 四天王プロレス「リングに捧げた過剰な純真」

夜の虹を架ける 四天王プロレス「リングに捧げた過剰な純真」

 
志ん生的、文楽的 (講談社文庫)

志ん生的、文楽的 (講談社文庫)

 

 

 

◆long story short

上記の鹿島健氏のnoteで、「馬場プロレス」「三沢プロレス」というカテゴリが出てきます。
四天王で言えば、三沢は当然三沢プロレス、田上は馬場プロレス、小橋・川田は両方できるというような。
現役では、諏訪魔は馬場プロレス、潮崎は馬場プロレスとして突き抜けた才能を持ち、三沢プロレスにおいては高い水準でありながらもまあまあくらいというような。

で、友人は諏訪魔って馬場プロレスなのか? ということに疑問を抱いているようなのですが、私は少し切り口の違う観点ながら、諏訪魔は完璧な馬場プロレスの人であると思っておりますので、その辺を書きます。

 

◆定義

個々人の属性を云々する前に、前提となる「馬場プロレス/三沢プロレス」という分類について、定義を確かめる必要があるでしょう。
そもそもこの定義自体、三沢光晴が馬場門下である以上、いくつか「くっついて」いるところがあり、厳密な差異を論ずるにあたって感覚的にならざるを得ないところがあると思われるのですが、とりあえず今は論拠としている鹿島氏のnoteから該当箇所を抜き出してみます。

"馬場プロレスとは、何よりもまず、デカくて強いことこそを無上の価値とするプロレスである。そこから必然的に導かれるスタイルとして、一つ一つの技をさらに大きく見せるかけ方が追求され、試合の攻防そのものはわかりやすい単純化が志向される。
 一方、元々が二代目タイガーマスクとしてジュニアヘビー級の選手であった三沢は、体格やパワーを重視するプロレスに大きな価値を置くことはなかった。たとえ小型のレスラーであってもテクニックを備えている者は高い評価の対象となり、一つ一つの技はコンパクトな精確さが追求され、試合の攻防も複雑化が押し進められることになった。
(中略)
その後の三沢のキャリアを見ると、スタン・ハンセンやテリー・ゴディやスティーヴ・ウィリアムスやゲーリー・オブライトなどとの試合は必ずしも優れたものではなく、凡戦になってしまうことも結構な頻度であったのだ。
 デカくて強くてヤバい上に、強引に引きずり回すような試合をしてくる外人レスラーに食らいついて死闘を展開していたのは、川田であり小橋であるのだった。……そう、川田と小橋の二人だけは、本来なら正反対である馬場プロレスと三沢プロレスの両方を修得し、状況に応じて適切な方を選択するために、必要に応じて二つのスタイルを自由自在にスイッチすることができていたのである"

シンプルにまとめると、身体の「スーパーヘビー級志向/無差別あるいはジュニアヘビー級志向」、試合構成の「単純/複雑」、技の「大きく見せる/精確性」という対比がここで書かれていることがわかります。
馬場プロレスに対する表現の羅列から何が思い浮かぶかといえば、それははっきり言ってしまえばアメリカンプロレスです。
アメリカの広い会場でもはっきりわかるデカさ、見易さ、派手な技のかけ方は、現在に至るもアメリカンプロレスの礎石となる要素です。

勿論大元のアメリカンプロレスからローカライズを経ている以上、現出しているものは実際アメプロにはそこまで似ていないのですが、要素だけ抜き出すと、根を同じくしているものであるとは言えるでしょう。

この要素的類似性から導き出せるのは、つまりジャイアント馬場日本プロレスでのデビュー、そして海外時代、全日本プロレスの旗揚げ以降も含め、一貫として続けてきた「対外国人選手」の試合が基調になったものこそが、ここで定義づけされている「馬場プロレス」なのではないでしょうか。

「馬場/三沢」を分かつものは精神性や出自ではなく、スタイルなのです。

◆志向、教えられたもの、与えられた環境

諏訪魔に話を戻します。
上記の定義を踏まえて彼の要素を分解していくと、やはり諏訪魔は「馬場プロレス」の人で相違ないと私は思うのです。
まず、彼が崇拝し、スタイルやキャラクター性自体を志向している天龍源一郎は間違いなく「馬場プロレス」の人です。後年の激しさや容赦のない武骨なスタイルが浮かぶ向きかもしれませんが、彼の基調となっているのは4年間の海外修行時代、ファンクスによって教え込まれたNWA的正調アメリカンプロレスです。
(90年の日米レスリングサミットでのランディ・サベージ戦の完璧なアメプロっぷりはその結実の一つでしょう)
また諏訪魔に「プロレス」を教えたトレーナーは、カズ・ハヤシです。
ハヤシさんはメキシコ(みちのく)とアメリカ(WCW)をバックボーンとした選手。ジュニアヘビー級を育てるにあたってはメキシカンスタイルが伝授されていたことは、かつてのKAI、大和ヒロシなど元全日本出身者を見ればわかることですが、彼がヘビー級を育てるにあたって何を参考にしたかは不明です。
まあ少なくともメキシカンスタイル+アメリカンスタイルの複合的な思想に基づくトレーニングであったことはほぼ間違いないでしょう。ここでWCWの新人育成所パワープラントが念頭に置かれることがあったとすれば、かなり「それっぽい」流れだとは思いますが……。
WCWは発足こそNWAの流れを汲む正統アメリカンプロレスの団体…だったはずなのですが、NWA脱退後はアメプロの中に底流として存在し続けていたモンスターマッチ的な志向が煮詰まりに煮詰まった場所でもあります。
とはいえ、パワープラントでコーチを担当していたのは、ポール・オーンドーフやマイク・グラハムなどといった元NWAのレスラー達でした。
また諏訪魔は新人の時期を過ぎた頃あたりからは、渕正信に話を聞いたり、移動中に鶴龍時代の動画を見て自分から「馬場プロレス」の研究を進めていた事も知られています。

仕上げに、諏訪魔の世界観的指導者、プロデューサーとして登場するのは武藤敬司です。比類なきスーパースターである彼が、新人育成にどのような意図を持っていたかは定かでありません。自分を超える存在などあり得ないという人なわけですから。
そこで武藤全日本とはなんだったのか? という話になるのですが、個人的な感想としては、アレは90年代の新日本×WCWという掛け算によって生まれたnWo的なものの続き、武藤敬司のシャングリラだったのだと思うのですよね。
試合内容は、三冠ヘビー級のタイトルマッチこそかろうじて旧全日本を引きずっていたものの、とにかく「パッケージプロレス」と名付けられた興行のイベント性というかベクトルが完全にアメリカンプロレスなのです。
その世界の登場人物の一人となった諏訪魔に加えられた味付けはしかし、VOODOO-MURDERS加入の一時期を除けば、かなりシンプルなものでした。当初はジャンボ2世。ブードゥーを経た後は、キャラらしいキャラはありません。同期の雷陣明があまりにも多くの味付けを加えられ、いっそ混沌としていたことを考えると、興味がなかったのだろうか…と不安になるほどです。
そんな半ほったらかし状態の中で諏訪魔が自ら、再度見出した「キャラクター」こそが天龍源一郎だったのかもしれません。
アメプロ的世界観の中で天龍源一郎になるということは、非常に捻れに捻れた形ではあるものの、やはりそこには旧全日本、ジャイアント馬場への回帰性があると言えるのではないでしょうか。

このように諏訪魔の要素、本人の志向、トレーナー、基礎的世界観をおおざっぱに挙げていくと、彼はかなりの割合でNWA/WCWの要素を持つ選手であり、その舞台が日本の全日本プロレスである以上、直系の「馬場プロレス」そのものでなくとも、それに酷似したものを持ち得る(持つしかない)環境にあったと言えるのではないでしょうか。
技術論的に言うと「直接継承していない」という話で終わってしまうのですが、スタイルとしてとらえるとそういう結論が出ます。

◆海の向こうのスタイル派生

以降は完全に与太話なのであまり関係ないのですが、この定義づけで私が想起するのは、やはり90年代後半にアメリカンプロレスのメインストリーム内で似たような「馬場/三沢」的なスタイルの枝分かれが起きたことです。
それは荒く言うとショーン・マイケルズが始めたものでした。
どの試合を象徴とするべきか…ブレット・ハートとの一連の抗争もさることながら、後年のTLCブームのきっかけとなり、TLCの第一人者となったハーディーボーイズ、ダッドリーボーイズ、そしてエッジ&クリスチャンの3チーム6人が何度も「前例」として挙げた94年のWrestleMania Xのおけるレイザー・ラモンとのラダーマッチも外せないところでしょう。
ショーン・マイケルズという大変小柄ながら華のあるスーパースターが、これまでのレスラーと決定的に異なったのは、「手数の多さ」です。要するに試合構成の複雑さですね。

……というようなことを主張しているのは、実は私ではなく他ならぬマット・ハーディーです。今これを読んでいる人の中で信憑性がガクっと下がる音がしましたが、マットはああ見えて理論家で、同じくすぐ理屈でガミガミ言うタイプのエッジとこの手の事でTLC期(99年~01年)当時何度も衝突していました。

マットの言っていた事の中でも説得力があったのでこの説をいまだによく思い出して考えることが多いのですが、「三沢プロレス」的な枝分かれとして捉えると、より納得感があります。

マットによれば、HBKが流れを作ったこうしたスタイルを普遍化したのはTLC期の彼らの試合であるという主張なのですが、TLC期を支えた残りの2チーム、ダッドリーズは「ジュニアヘビー級寄り・複雑・精確」な選手を多く擁し、激しい試合を繰り広げることでカリスマ的人気を誇ったECWの出身であること、エッジ&クリスチャンはカナダインディー時代からジョニー・スミスとの交流があり、四天王時代の全日本のファンだったことなども含めて考えると、あながち無視できない話であるように思えます。

ではこの「HBKプロレス」に対比されるものはなんなのか? と問われれば、それこそがそれまで連綿と続いてきた古き良きアメリカンプロレス、そしてモンスターマッチ的なものが煮詰まった「NWA/WCW」が挙げられるでしょう。
当時はWWF内でも「大きく、単純」な傾向の方が圧倒的でしたので、そのうちの誰かを指した方が適当かもしれませんし、後期WCWには若き日のレイ・ミステリオクリス・ジェリコ(そしてド新人のAJスタイルズも)などもいた…という反証はいくらもできるのですが、総括として「NWA/WCW」と言ってしまっても、大きな間違いではないと思われます。

というわけで馬場的、三沢的という分類のアメプロバージョンは、NWA的、HBK的と言えるのではないでしょうか(そんなこんなで上のパワープラントの話に戻る)。

◆雑感

私が元々アメプロ畑の人なので、NWA的な馬場プロレスというのはその良さも特徴も非常に飲み込みやすいのですが、三沢プロレスの方は「わかるけどいまいち定義しにくい」という感じです。本人以外だと誰が当てはまるのか。

元々ジュニアだった選手がヘビー級に行くと近い「構成」になるというのはなんとなくわかるのですが、でも今そういう選手いっぱいいるからなあ…という感じ。

丸藤、宮原はかなり三沢プロレスですよね。これは間違いないと思う。

私が悩むのは、杉浦貴と中嶋勝彦の分類です。大別すれば三沢的なのでしょうが、なんか違うような気がする…。勝彦のブライアン・ケイジ戦などを思い出すと、余計に混乱します。拳王、小峠もまた何か違うような…。

冒頭に書いたように、三沢プロレスは馬場プロレスから生まれたものである以上、根底的なところに馬場プロレスが無い選手は三沢プロレスには成り得ないのでは? という気がします。

『巨星を継ぐもの』刊行記念トークライブ第2部メモ

半年以上前になりますが、2018年7月3日、渋谷LOFT9で秋山準『巨星を継ぐもの』刊行記念トークライブ「俺たちの全日本プロレスを語ろう。」というイベントがありました。

第1部は秋山、和田京平、木原リングアナの三人、第2部は最初は秋山の付き人である青柳優馬岡田佑介、木原リングアナの三人、途中から秋山も戻ってきての四人で色々思いを語る形式でした。

もう記憶がさだかでないので、残していたメモを少しだけ整形したものになりますが、記録として以下にあげておきます。

短くまとめると、この日は青柳優馬による秋山イズム継承宣言があったのです。

 

 

柳家の父親とウルティモドラゴンは同い年。会場でウルティモさんが話しかけるなどということもあった。
亮生は元々KENSOさんのファン。KENSOさんが全日本に出場していた時、コスプレして一緒に入場してきたことがある。お姉さんから優馬宛にその写真が送られてきて、優馬はびっくりして呆れた。

青柳優馬は18歳で高校卒業してすぐ入門したので、社会経験もなく子供のままだったと自分を振り返った。
テーブルマナーなどを含め、社会人として大切な事を付き人としてついた秋山準から直々に、ひとつひとつ教わった。
優馬は高校在学中に入門試験を受けて一度落ち、二度目で受かっている。
一回目は試験監督も面接官も諏訪魔で、その時はもう一回体力つけて出直してこいと言われた。
「野村さんは半年早く入門しています」
野村が入門テストを受けた日とは別の日に、一度目の入門テストを受けた(時期は一緒だったようなニュアンス。野村の試験を見たのは誰だったのだろうか)。
そして野村が正式にデビューの次の日に入門した。
二回目で合格しての入門時、同い年の人も入ったが、その人は2ヶ月くらいで辞めてしまった。
「秋山さんに付き人としてついて、きつかったことは…ありません」

岡田佑介は警察官に一度なったが「おまわりさんは理想と現実が違う」ことを知り、元々なりたかったプロレスラーを目指そうと考え入門した。
大阪のファン感の時に入門テストを受けた。試験監督は青木。
テストを受けたのは彼一人だけだったため、野村青柳ジェイクの三人が呼ばれ、一緒にメニューをやるやつを選べといわれたが、結局野村が立候補した。
その時のプッシュアップでは、野村が先に潰れてしまった(自慢気)。
だがその後もスクワットもガンガンした後にその日のメインに出た野村のことをすごいなと思った。
(暗にメインイベンターより基礎ができてると言ってるのかと木原さんに突っ込まれる岡田)
優馬から引き継いで秋山の付き人となることになったので、仕事は優馬から教わった。
ゼウス、秋山、青柳と食事に行き、その帰りから切り替わった。
木原アナに「秋山さんの車で寝ていた」という話を出されるが、寝てないと主張する岡田。
付き人は「本当に楽しかった」

~~ここで秋山登場~~
秋山「(岡田は)DDT埼玉スーパーアリーナとのダブルヘッダーの時がっちり寝てました」
寝るわ荷物を持たないわ、と責められる岡田。
岡田もついに寝ていたことを認めるが、荷物を持たなかったのは誘導をしろと言われてテンパっただけと言い訳する。
優馬はそんな岡田の様子について、秋山の奥さんから逐一メールで報告されていた。


のむやぎの二人が亮生の入門試験を見た。
優馬は弟がちょっとでもダメだったら独断で絶対に落とそうと決めていたが、できたので残した。
今いる練習生は、
・青柳弟(亮生)
・高卒、アマレス出身のでかいやつ(田村男児
・新しい大森さんこと北海道のジェイクが行ってた総合のジムの子(大森北斗)
木原アナが見るに、3人とも残りそう(事実残ってデビューした)。
亮生の受け身は筋が良いと語る秋山。
みんな一長一短だが、受け身は亮生が一歩抜きん出ている。

今までの秋山の付き人は、橋、青木、優馬、岡田で、はずれ、あたり、あたり、はずれという感じ。
橋は川田にぶん殴られて頭から出血してた(4針縫った)。
優馬は青木タイプ、岡田くんは橋さんタイプ。
橋タイプはスシタイプということですか、とまぜっかえす木原アナ。

優馬の付き人が始まったのは北海道巡業から。
秋山と食事を共にすることになった時、優馬は甘いものが好きなのでメニューのデザートのところをチラ見していた。
でも付き人がそんなデザートとか…と思っていたら、秋山が「デザートとか食べないの」と薦めてくれた。
その時は表向き「いいんですかありがとうございます(キリッ)」という感じだったけど、内心は「めちゃくちゃ嬉しくて「最高~~~~~~~~!!!!!!最高で~~~~~~~す!!!!」(微妙に宮原風に発音)という感じだったと熱弁する優馬
優馬はパフェが好き。チョコバナナパフェとかバニラアイスとかが特に好き。

秋山「そんなに(色々と面倒を見て)やってやったのに最近突っかかってきてるじゃん」
青柳「秋山さんの本にも書いてありましたけど、付き人をやっていた以上、遠慮しないとかそういう秋山さんの考え方を実践していきたい。ここは秋山全日本だから、僕が秋山イズムを体現したい。野村さんやジェイクもいるけど、付き人として色んな事を秋山さんに一番教わっているのは僕だという自負があるから」
秋山「それを言われると何も言えないな。(突っかかったり)やり返せない方がダメ。その方が俺は怒る」

岡田は腓骨が折れた。
プロレスラーは上下関係に厳しいのだろうと思っていたけど、一番下の人間にこんなに丁寧に教えてくれるものかということにびっくりした。
道場のリングで関節技ができないと見ると、秋山は自分の練習を止めてまで教えてに来てくれるという。
「青柳さんと話が被ってしまうが、付き人をやっている分、格別に目をかけてもらっている自覚はある」
ではなぜEvolutionに入ったのか?(「こいつ裏切り者ですよ」と茶化す秋山)
「いろんなことを経験したいと思ったから」
木原「マリノスの偉い人と諏訪魔さんが近いので、サッカーファンとして諏訪魔さんを利用しているんですよ」

秋山「もうちょっと僕が若かったらもっとガンガンやってやれたのに。今は青柳とアジア巡ってやれる機会が多いんで、リズムだけは教えたい。(自分が)川田さんから受け継いだリズムは一番すごい。それをだれか一人にでも託したい。今は青柳が目の前にいるので」

 

とにかく秋山の本を読んで決意を新たにしたらしい青柳の、同じ付き人のはずの岡田を圧倒する勢いでの秋山イズム継承宣言と、その勢いに押される秋山準という構図が今思い出してもエポックな出来事だった。
秋山イズムは「ニッチだから(競争相手が少なくて)ねらいやすいかと思って」などという軽口を挟む青柳の言いように、ツッコミつつもニコニコしてしまう秋山さんでした。

2018年のベストバウトなど

久しぶりにまとめて文章を書けそうな気分になったので、2018年のベストバウト(映像での観戦含む)について書こうと思います。
最近はもう全日本とノアしか見ていないので、その中でのものです。ご了承ください。


【3位】
GHCジュニアタッグ王座戦石森太二&Hi69 vs 小川良成田中稔(3.11 横浜)


前哨戦からずっと「本気の小川」の恐怖に震え続けた一戦。
退団する石森への花向けか引導か不明ながらも、最後に小川良成がここ数年ずっとかけていたベールを落としてくれた事には意味があると思う。
新宿FACEで組まれた前哨戦で、Hi69の腕をすたすたと歩く速度で握手でもするように取り、ごく平熱な仕草でアームロックをかけていた姿は忘れがたい。
単にすばやいというより、人間の意識が流れる神経電流によって明滅するフィラメントだとして、その間と間にすっと滑り込んで隙をついているかのよう。
小川良成の本気の試合を見るときの心境を、あえて誤解を恐れず書いてしまうなら、超越者を見る思いに近い。
翌日の石森退団発表を受けての超絶身勝手なベルト返上も含めて、小川良成の世界に酔わせて頂いた。
2019年は戻ってきた鈴木鼓太郎と共にどのような世界を作り出すのか。
とりあえず20日の博多が楽しみです。

 

【2位】
三冠ヘビー王座戦/ゼウス vs 石川修司(8.26 流山)

ゼウスが2015年9月1日付けで全日本所属になって3年、数度の挑戦を経て、7.29後楽園ホール宮原健斗を下し、漸く掴んだ三冠王座。その初防衛戦である。
相手は体格、膂力に勝る石川修司
初防衛戦というのは、結果より何より内容が問われ、それによって選手としての資質が査定される試合だと思う。
そういう意味でこの試合は満点以上の素晴らしいものだった。
石川修司の猛攻を受けて受けて受けながら、要所要所で的確に大巨人のHPを削り、奥の手のハイキックで動きを止め、三度目のジャックハマーでピン。
途中石川修司が仕掛けたエプロンから場外へのブレーンバスターから、PWFルールの10カウント以内に戻った姿はまさに超人だった。
ここ数年の全日本プロレスで行われた選手権試合を通して考えても、個人的にはベストワンの激闘だったと言える。
ここからは少し私(潮崎ファン)の思いいれが入った話になるが、ゼウスという選手がそもそも全日本プロレス所属となったのは、大阪時代にタッグで対戦して以来、彼に多大な影響を与えた潮崎を追ってきたという側面が大きいと思われる。
彼が全日本所属となった2015年9月……の半年前、2.7大阪で当時三冠王者であった潮崎に挑むも返り討ちとなったという経緯もあり、所属になって潮崎ともっと深く戦うことを望んでいたであろうことは想像に難くない。まあその望みは叶うことなく、潮崎は同月28日に退団してしまうのだが……。
ゼウス本人も週プロの「ターニングポイント」で挙げていたが、この2015.2.7の潮崎との三冠戦こそ、ゼウスが一段階上のレベルへと覚醒した試合であった。2018.7.29の宮原との三冠戦はこの潮崎との三冠戦を下敷きに、この時の反省を生かしたものであるように見えた(使用技や組み立てにかなりの類似がある)。
7.29で2015年の雪辱を(違う相手とはいえ)果たし、当時から抱えていたであろうひとつの思いいれに蹴りをつけた形のゼウスにとって、流山でのこの試合はまた新たな段階へと辿りついたものとなった。
そしてそれは、必然的に彼が思いいれた潮崎がこの約一週間前に戦った試合と同種の流れにあるものだったのである。

 

【1位】
GHCヘビー級王座戦/杉浦貴 vs 潮崎豪(8.18 川崎)

杉浦貴と潮崎豪GHCヘビー級王座を賭けて戦うのは実に6度目のことである。
2009年12月9日、日本武道館
2010年9月26日、日本武道館
2011年7月10日、有明コロシアム
2016年5月28日、大阪府立第一。
2016年7月30日、後楽園ホール
GHCヘビー級選手権史上最多となるこの組み合わせは、四天王プロレスの流れを最も色濃く受け継ぐプロレスリング・ノアという団体において現在、きっての黄金カードであると自他共に認めるところだろう。
本人達にとっても、大きな意味を持つカードであることは間違いないと思われるが、しかしこれまでの5度の試合はいずれも好試合以上のものではあったものの、本当の意味で二人のポテンシャルを十全に発揮し尽くした試合であったかというと、実のところやや疑問が残る。
1度目、2009年末の試合は、6月14日の秋山のタイトル返上を受けて行われた力皇との決定戦で戴冠した潮崎の、2度目の防衛戦だった。半年の間防衛戦が2度しかなかったのは、ひとえに最初の齋藤彰俊との防衛戦を、前日6月13日に逝去した三沢光晴の49日が過ぎるのを待って行ったからである。
三沢光晴最後のパートナー」として戴冠した潮崎は、勿論ベルトに相応しい激闘を戦い抜いたが、それでもこの時若干キャリア5年(杉浦は9年目)。力皇戦、齋藤戦も好試合であったが若さ、未熟さゆえの「いっぱいいっぱい」な印象も強く、特にあたりの強い杉浦との試合は、打たれ弱さが目立つものであったことは否めない。
2度の予選スラム、ターンバックルジャーマンを経ての雪崩式予選スラムで王座は杉浦に移動。
2度目、2010年の試合は2009年末の戴冠以来防衛回数を重ねた杉浦の、5度目の防衛戦。
この年の潮崎はWK、G1と新日本へのゲスト出場を多く重ね、アウェイでの経験を積んできていた(そのせいかなんとなく潮崎のイメージがこの時期で止まっているプロレスファンが多い気がする)。
また個人的に特筆するところとしては、アマレス実力者である杉浦との対戦を見越し、本田多聞に教えを請うて回転地獄五輪を受け継ぐなどのユニークな行動も起こしている。
試合はのっけから猛打戦、最後は潮崎のナックルパートを受けてお返しとばかりの顔面パンチ乱打、マウントを取ってのパウンド式エルボー、後頭部キックからの予選スラムで杉浦が防衛。
杉浦にとって高山、秋山と実力者の先輩達を下して迎えたこの潮崎戦は、この当時において「ノアの未来」を見せるというテーマを持っていた。
そのテーマには相応しい激闘であったと思われるが、武道館の客入りは過去最低をマーク。今も時折引用される杉浦の「三沢さんがいない武道館、小橋さん、秋山さんが欠場していない武道館はどうですか!?」というマイクはこの時のものである。
「もっともっと俺と潮崎の試合で(団体の)価値を上げて満員にして、お客さんを呼べるようになればいいんじゃないですか」という試合後コメントが示すように、杉浦-潮崎が黄金カードとなる一里塚は、1度目ではなくこの2度目の時に築かれたと言えるだろう。
2009年の「お前サイコーだよ!」という試合後コメントもそうだが、一貫して杉浦は潮崎を買っている。
ハードヒットな自身のスタイルを全て受け止めることのできる受身の上手さ、そして体格から来る膂力の強さなどを鑑みて、団体内で最も拮抗する位置にいるのが潮崎だからと考えて相違ないだろう。だがこの時点ではやはりまだもう少し足りなさがあり(ゆえに勝てない)、伸びしろに期待しての「買い」であったと思われる。
杉浦はこの後、現在に至るも最多となる14度の防衛を重ねる。時代を作ったと言って良い活躍であり、2018年の杉浦が「まだ自分は時代を作っていない」という認識だったのは驚きがあった。しかしこうして武道館の客入りに関するマイクや、震災を巡る鈴木みのるとのやりとりなどを振り返ると、本人にとってはままならぬことの多い期間であったのかもしれない。
3度目、2011年の試合は、恐らく杉浦にとっても潮崎にとっても、不本意な部分の多い試合だっただろう。
潮崎がナビ初戦に行われた挑戦者決定戦である6.11有明の森嶋戦で負った腰、脇腹の負傷が癒えぬまま、王座戦に臨まざるを得なくなったのだ。厳重なテーピングでナビを乗り切ったものの、王座戦後に発表したところによれば、肋骨に罅が入っていたとのことだった。
そんな事情を勘定に入れるはずもない杉浦はあくまで非情に徹し、6.29横浜では八つ当たりのようにシングルを組まれた(当時若手の)宮原健斗をボコボコにした上で、「痛がりすぎ」という怒りのコメントを出している。
当日の王座戦も、杉浦は潮崎の腹部に攻撃を集中させ、幾度も幾度ももう潮崎は立ち上がれないのではないかという瞬間があった。それでも、弱弱しく呻きながらも潮崎はゾンビのように蘇り、最後は豪腕ラリアット、リバースゴーフラッシャー、ムーンサルトプレス、前後からの豪腕ラリアット、ゴーフラッシャー、そしてこのナビで初披露となった新技リミットブレイクで漸くピン。
こう書き出すと凄まじい消耗戦だが、印象としては負傷を抱えたままの潮崎の「辛そう」な姿ばかりが残るものだった。
このお互い本意ではなかったであろう試合を最後に、杉浦と潮崎の王座戦は5年の休眠期間を迎える。
2012年12月、潮崎がノアを退団したからだ。
退団を発表した5人に最も怒りを言明していた杉浦は、迎えた12.23の潮崎とのシングルマッチで凄惨なKO劇を観客に見せ付ける。
これまで奥の手として使ってきたナックルを最初から振るい、顔面、後頭部を蹴り上げ、マウントを取ってのパウンド式エルボーもほとんど殴りつけるようなもので、はっきり言ってしまえばプロレスとして成立するかしないかのギリギリのラインにあるような試合だった。これを受けてKOされた潮崎にとってそれは禊だったのか。杉浦もまた「こんな事」をせざるを得ない事態を招いた退団組に再度の怒りを燃焼させたような様子で、気が晴れることは無かっただろう。

そして5年後、4度目にあたる2016年の王座戦は、お互い想像もしなかったであろう形での再会となった。
2015年の9月に全日本プロレスを退団、11月に古巣ノアへフリーという立場で乗り込んだ潮崎。
折りしもプロレスリング・ノアは2015年初頭より始まった、新日本プロレスの独立ユニット「鈴木軍」による侵略を受けていた。
個人個人では確固とした実力を有しながらも卑怯な手段に徹し、乱入、反則を多用してのベルト独占。「試合内容の確かさ」を何よりの売りとしてきたノアは、まさに屋台骨を破壊された状態で、選手もファンも激しい屈辱と苦痛の只中にあった。
11.20後楽園ホールで登場した潮崎への観客の反応は、歓迎4割、困惑4割、激しい拒絶2割であったと記憶している。そう、実は歓声があったのだ。しかし翌日のプロレスマスコミや団体側からの「報道」は拒絶一色であったものとされた。そういうものだと断言されれば、そういう風に反応するのが「正しい」ものなのだろうと受け取るのが人間である。以降の半年、潮崎は当初の歓声など幻であったかのごとく、容赦ないブーイングと罵声に晒される事となった。
会場で見ていた限り、元からのノアファンと思しき観客のほとんどは、態度を決めかねていたように見えた。罵声を浴びせる層には、団体への衷心から「出もどり」を許せずにいる観客も居たが、はっきり言うと結構な割合で「ノアの選手はだれかれ構わず罵倒したい」愉快犯的な観客も居た(居たんです)。
その様子が徐々に変わっていったのは、かつてのタッグパートナーであるマイバッハ谷口と組み始めた翌年2016年の2月半ば頃からだった。この時期、潮崎は特別なコメントはほとんどせず、ただ「ノアの力になりたい」という言葉を繰り返す。一見芸がないとも取れるが、信頼を取り戻すという事は地道な積み重ねでしか為し得ないものである事を思えば、これは正しい選択であったと言えるだろう。
また4月14日に故郷熊本を襲った地震を受けてのチャリティー活動として、毎大会募金箱を持って会場に立ち続ける姿も、観客の心を動かすのに一役買ったと思われる。
そうして潮崎は少しずつ、古巣に受け入れられていった。
一方の杉浦はどうしていたかと言えば、潮崎が帰還して1ヵ月後の12.23大田区大会でノア側を裏切り鈴木軍へ加入。翌1月の横浜文体で、鈴木軍総動員の乱入劇を繰り広げて丸藤からGHC王座を強奪するという……わかりやすいヒールになっていた。
もしも鈴木軍の侵略がなければ、「2012年の続き」が杉浦と潮崎の間で始まるのが本来の流れであっただろう。
一度「裏切った」落とし前を今度こそつける。かつてノアの未来と嘱望されたエース候補であり「三沢光晴最後のパートナー」である潮崎が、一度故郷を捨てたという事実、その清算を果たすには、もう一度杉浦と武道館でやったような試合をするしかなかった……はずだった。しかしこの時、明確な「悪」となっていたのは杉浦の方だった。潮崎は、ノアの力になるため、ノア側の選手としてこの「悪」に立ち向かう、「善」……ベビーフェイスとなった。一部にわだかまりを残したまま。
こうして、非常にねじれた形で4度目の王座戦が組まれた。場所は大阪、府立第一。
2016年5月28日の大阪府立第一は、なかなか奇妙な雰囲気であった。
それもそのはず、この時期ノアの客層は、ノアファンと鈴木軍ファン(新日ファン)が混交としており、さらに言えばノアファンは1年に及ぶ「ろくな試合が見られない」状況に疲れ果て、観戦を取りやめる者も少なくなかった。
だがこの大阪の地の観客は……恐らく暴虐の繰り返された関東の観客よりはまだ、疲れてはいなかった。だが、昨年より続くこの状況に困惑は抱いている。この頃のノアの後楽園ホールは会場全体がささくれた雰囲気であったが、この日府立第一を支配していたのは、漫然とした不安感であった。それは、まだ期待が残っていた事を意味する。
個人的な思い出を入れるなら、この日私の隣に座った青年は、鈴木軍ファンであった。しかし関東の自ら悪辣な態度を取ることを楽しむようになっていた鈴木軍ファンと違って、彼はただの「ヒールユニットのファン」としてごく普通の声援を送るばかりだった。
結論から言えば、この日の王座戦は「さほど乱入されなかった」。パイプ椅子の使用はあったものの、乱入はノア側のセコンドによってほぼ防がれ、シェルトン・ベンジャミンが来てトラースキックを入れたくらいだった(「くらい」と言うのもおかしいが)。
つまり、試合時間のほとんどにおいて以前の武道館、そして2012.12.23の続きとしての杉浦対潮崎の試合が行われたのである。ゆえに、非常に変則的な形であったものの、この試合(とその次のベンジャミン戦)は、潮崎の禊として機能した。
この試合で潮崎は、ノア帰還以来初の「シオザキ」コールを受ける。観客が擦れ切っていなかった大阪の地であることも利したであろう。
コーナーでの激しい頭部へのエルボー、予選スラムは着地。スピアーを膝で迎撃。豪腕ラリアットは左のラリアットで返され、張り手の乱打を受けて崩れ落ちる。その間もコールは止まない。ナックルは中山レフェリーが阻止、その間に復活した潮崎が豪腕ラリアット、リミットブレイク、再度の豪腕ラリアットでピン。
気がつけば横の鈴木軍ファンの青年は、激しい試合に感嘆の声をあげ、「どっちもすげえ」と潮崎の勝利に拍手を送っていた。
当時ノアのマッチメイク権限を持っていたのは、キャプテン・ノアという名でノアの興行に帯同していた選手であるともっぱら言われている。それが本当だとして、一体彼が何を考えてこの大阪の試合を設定したのかはわからない。
潮崎の帰還を許した時点で、遠からず杉浦戦を迎えることは予定に入れていただろう。
だがこれは劇薬である。杉浦と潮崎の間にある物語は、鈴木軍が1年のうちに作った虚構のドラマではない。7年前から続く本物の「ノアの未来」の物語なのだ。一旦それを見せてしまえば、人々は虚構の幻から醒めてしまう。観客だけではなく、選手もだ。
試合後コメントで潮崎が語った「もう二度と手にすることはできないと思っていた」「長い道のりの半年間」「つらいことばかりだったが、それは俺が歩まねばならない、俺が選んだ道」「これまでこのベルトを巻いてきた人たちが築き上げてきた歴史」といった言葉に比べれば、続いて発せられたベンジャミンのWWEで培ったいかにもなプロフェッショナル精神を感じさせる挑戦の言葉はあまりにも作り事めいていた。
この半月後、6.13後楽園ホールでベンジャミンの挑戦を退けた潮崎は、三沢光晴の遺影の下で再入団を直訴。観客の声援の後押しを受け、丸藤にノアのジャージをかけてもらい、再入団を果たすのだった。
ちなみにこのベンジャミン戦に至っては、乱入ゼロ。鉄柵にジャイアントスイングの要領でぶつけまくったり、テーブルクラッシュも飛び出すハードコアめいたベンジャミンの試合には乱入の必要もなかったという判断かもしれないが、個人的には潮崎の持ってきた「本物」の感情を伴うドラマを前に、虚構がその威を失ったという印象を受けた。
5度目、その反動であろうか、7.30後楽園ホールで行われた杉浦のリマッチにあたる5度目の杉浦対潮崎GHC王座戦は、虚構の中の泡沫のような試合だった。
形式からしてランバージャックマッチである。マッチメイク権限を持っていた選手としても、潮崎入団を経て再度虚構のドラマの巻きなおしを計ったのかもしれないが、とにかく乱入とパイプ椅子が入り乱れる試合だった(この試合で最も納得がいかないのは、ヨネが杉浦にキン肉バスターをしてしまった事だ。潮崎側にはベビーフェイスに徹して欲しかった)。
終盤は杉浦のワンツーエルボー連打からの後頭部エルボー、豪腕ラリアットをエルボーで迎撃しての左ストレート、二回目の予選スラムでピン。はっきり言えば物足りない試合だった。それは5月6月に本物の物語を見てしまった観客としては、当然の事だ。
しかし一旦呼び起こされた本物のドラマの流れは、人を動かすのに十分な呼び水となったのか、この年の11月にエストビー株式会社に母体を移した新生ノアが誕生し、鈴木軍駐留時代は終わりを告げる……が、まあそれは憶測である。

やたらめったら前提が長くなってしまったが、かようにこれまでの杉浦潮崎戦は黄金カードのポテンシャルを備えていながらも、恐らく2010年のものを除いて、微妙に十全な状態ではない状況下での試合だったのだ。
そして2018年である。
昨年の心臓手術を終えてから絶好調、3月の文体から拳王、小峠、丸藤と下してのV4戦となる杉浦。
過去の自分のごとき若手の清宮と組んだGTLで、鬼神の強さを発揮し、ほぼ一人で杉浦拳王組を下して優勝した潮崎。
共に過去最強と呼べる仕上がりで、何の邪魔も無い状態。
前哨戦では潮崎が圧倒的な強さを見せつけ、7.31横浜大会では直接ピンフォールも奪っている。
キャリアによる経験の差もほぼ埋まり、9年かけて漸く、初めて対等の条件が整ったのがこの8月18日だったのだ。
この日の凄まじい試合の中で、ひとつ特筆すべき事があるとしたら、潮崎が過去の試合のように「痛がる」瞬間が事が無かったことだろう。全日所属時代、渕正信に「三沢光晴に匹敵する受けの上手さ」と言わしめたその受けの天才ぶりを十二分に発揮しながら、間を置くことなくすぐさま立ち上がり、反撃に転ずる……。恐らく過去の杉浦も潮崎に感じて来たであろう「後一歩の物足りなさ」を完全に解消した試合だった。
それは潮崎が全日本プロレスへの移籍によって……そしてその全日本プロレスが分裂の危機に見舞われて対戦相手の選択肢が無くなり、業界最高峰の「あたりの強さ」を誇る諏訪魔と激しい試合を繰り返し続けたことによって磨かれた打たれ強さだ。
そもそも、その諏訪魔との対戦は、ノア退団後の潮崎が真っ先に希望したものでもあった。誰との試合が最も自分を磨くものとなるか、感じ取っていたのかもしれない。
2011年9月23日、潮崎の持つGHCヘビー級王座に挑み敗れた高山善廣が「あの右手、名刀ってさ、焼かれて叩かれて強くなるものじゃん。あいつには焼くやつも叩くやつもいなかった」とコメントした事がある。これは潮崎二度目のGHC王座戴冠のV2戦だ。
潮崎にはずっと、ライバルとなる同期がいなかった。お互いの一勝一敗に感情を揺さぶられながら切磋琢磨していく相手、自分の力量を測る指標となる相手を持つ事ができないまま、キャリアを重ねていた。
諏訪魔は、同じ2004年にヘビー級でデビューした同期である。そしてそれ以上に、2012年6月23日の名古屋大会のお互いに吸い寄せられるような試合を見るに、胸に期するものを抱いたのであろう。
そして初めての「ライバル」との戦い、激動する全日本の荒波で自らを磨き上げた潮崎は、2015年1月2日、ついに三冠ヘビー級王座を戴冠する。この試合はまさに、かつて秋山準が彼に期待した大輪の花を咲かせた試合だった。だがその花を肝心のライバルであった諏訪魔は見なかった。潮崎が戴冠した三冠戦の相手は、ジョー・ドーリングである(彼はキャリアこそ違うが、潮崎と同い年だ)。諏訪魔は潮崎の三冠に挑戦しなかったのだ。ゼウス、宮原を迎えた防衛戦で、彼らを次の段階に引き上げるような試合をした潮崎は、チャンピオンカーニバル準決勝で脇腹を負傷、世界タッグ王座を奪取して五冠を達成するも、すぐさま曙相手に三冠を落としてしまう。そして……世界タッグの相手にも諏訪魔は名乗りをあげず、そのまま潮崎は全日本を退団したのだった。鈴木軍禍に揺れる方舟に帰還するも、虚構の中にあってはその実力を出し切れず、また新生ノア以降もまだどこか「引け目」を感じさせる立ち居振る舞いが残っていた。それが完全に払拭されたと感じたのは、清宮とのGTL優勝以降である。
そして8月18日、潮崎はすべての箍を外し、最強のチャレンジャーとして杉浦に立ち向かった。
中盤過ぎには、全日本時代以来封印していたトップロープ越えのノータッチトペ、(防がれたものの)ムーンサルトプレスも敢行。新技としてブラックタイガー式シットダウンパワーボム(スプラッシュマウンテン)も披露。30分を超えても試合はまだ終ることなく……試合は永遠に続くかと思われ、二人は不死身の人々であるかのようだった。ジャーマンの掛け合いから意地の頭突き合戦にエスカレート、だが豪腕ラリアットのカウンターで左ストレートを入れられ、再度の豪腕ラリアット敢行は堪えられ、左ラリアット、顔面へのニーからの二度目の予選スラム。カウント2で返すやコーナーにセットしての雪崩式予選スラムでピン。34分22秒の激闘に終止符が打たれた。
大輪の花、そして真の意味で磨き抜かれた名刀を受け止めたのは、やはり9年前からの因縁を持つ杉浦貴だった。
この日出された予選スラムは雪崩式も合わせて3回。フィニッシャーがフィニッシャーとして機能しない、命と魂を賭した究極の消耗戦。先述したように、一週間後ゼウスが流山で石川修司相手に行った試合も同種のものだった。潮崎を指標として邁進し続けたゼウスが結果としてたどり着いたのは、実のところ現在の全日本的というより、よりノア的な…つまりは四天王プロレスの世界に近しい試合であったというのは、必然であったとも言えるだろう。


杉浦は敗れてリングを去る潮崎に「俺がベルトを持っている間は、ずっとお前の前に立ってやる」と言った。
この日、「ノアの未来」は「ノアの現在(いま)」となったのだ。それは、現在のメルクマールだ。この杉浦と潮崎のGHC王座戦こそが、現在におけるGHC王座戦の指標である。
最高到達点とは言うまい。まだ先があるかもしれないから。

 

 

 

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ベストバウトの話にかこつけて、潮崎豪という選手のことをざらっと書いた感じになりました。もっと細かい話もいっぱい書けるのですが、大きな流れとしてはこういう風に彼を捉えているという史観……私観をどこかで書いておきたかったのです。

 

改めてまとめて思うけどやっぱり毎回終盤の左ストレートがなー。反則だから納得いかない気分にはなるけど、反則入れられたから仕方ないか……という諦めにもなるので、どうにもこうにも。
ベストバウト次点(4位)は4.11後楽園ホールのGTL決勝です。
2009年のGTL決勝を美しくなぞり、潮崎にとっては「三沢光晴最後のパートナー」としての業を昇華した、個人的にもこんなに他人の事で泣くことがあろうかというほど泣いた試合でしたが、タッグの試合としては潮崎が一人で頑張りすぎて清宮くんなにもしなかったなーという感じなので次点で。

あとやっぱりゼウスには、もう少し防衛記録を伸ばして欲しかったですね……。


プロレス大賞っぽく、他の部門を適当に書くなら以下のような感じです。
MVP&殊勲賞:丸藤正道
全日本との国交復活、WWEとの交渉成功という二つの大きな風穴を業界に空けた事以上の活躍があるでしょうか。20周年イヤーに相応しい大事業であったと思います。
敢闘賞:杉浦貴
約1年にわたって激闘を繰り広げてきたゴリラのお父さんに何か賞をあげたい。
技能賞:潮崎豪
明らかに経験不足な清宮とのタッグを優勝に導いた事をはじめ、高橋奈七永とのミクストシングルや、ほぼジュニア級選手ばかりのD王GP出場など、難しい試合にすべて完璧な回答を出した戦いぶりに、あえての技能賞を送りたい。永世技能賞は小川良成
ベストタッグ:野村直矢青柳優馬
この1年、アジアタッグ奪還以降の成長が著しかったので。それでも最強タッグではなかなか勝てなかったが、確実に良い試合をするところまでは到達していた。来年は非常に楽しみという意味でのベストタッグ。孫びいきではない。

 

 

2016.10.26 CAPTURE INTERNATIONAL 北原光騎vs小橋建太スペシャルトークショー(MC小佐野景浩)メモ書き

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CAPTURE INTERNATIONAL地下室マッチ、今回も面白かったです。

ざざーっとですが、トークショーの聞き書きをまとめました。

 

87年3月菊地、5月北原、6月小橋入団
北原さんは最初に会ったのは世田谷区砧の全日合宿所だといい、小橋さんはジャパンプロレスで会ったという
いくつか記憶の食い違いがある模様

北原さんの小橋評
3つ年下だが生意気で、ただとにかくよく練習をする真面目な青年
工藤静香をかけながら練習していたよね」

小川さんが寮から出て行くことになり、菊地さんが寮長になった
菊地さんは一人部屋で、北原小橋は奥のきったない広い部屋に相部屋
ラジャライオンは壁に穴を開けるからなどという理由で入寮しなかった
ジョン・テンタが上の階にいて、チャンコができると小川さんが菊地さんに「テンタさん呼んでこい」と言うので、菊地さんが「テンタサーンチャンコデキマシタヨ」とカタコト風のただの日本語で伝えていた

当時の入門生は皆バックボーンを持っていたので、小橋さんは1度書類で落とされている
小佐野さんは入門したての小橋さんを田上さんと間違えて取材したことがある
話しているうちになにか食い違うなと思ったけど取材を途中でやめるわけにもいかないので…
北原「普通自分は田上じゃないって言うだろ」
小橋「聞かれなかったし…」
小佐野「相撲の玉麒麟が来るという情報があったので、この体格はきっとそうだろう、髷を落としたから顔の雰囲気が違うんだろうと思ってしまって…」
小橋さんはプロはやっぱりすごいなただの新人なのに取材があるんだと感動していた
その時撮った写真をあとで欲しいと言ったらくれなかった
小橋「田上明じゃないってわかったから捨てたんだ」
小佐野「どこに行ったかわからなくなっちゃったの!」

天龍さんが辞めて北原さんもついて行って、バラバラになった後は連絡を取らなかった
北原「だって迷惑かけたもの。(申し訳なくて)取れないよ」
小佐野「武道館で『これからの全日本を背負って立つ三人』って紹介されてすぐ辞めちゃったもんね」

公式で試合はしていないけれど、練習試合の様子がYoutubeにある
多分北原さんが一年のカナダ修行から帰ってきたあとくらいの頃
そのあとすぐ辞めてしまった
「北ちゃん、天龍さん辞めるって!」って言われて「俺も辞めるんだよ」って

それからは数えるほどしか会っていない
北原さんがコンビニでカップラーメンにお湯を入れて持ち帰って歩いていたら、ベンツがすーっと寄ってきて「北ちゃーん!」って声をかけられた
小佐野「記憶食い違ってないですか?」
小橋「はい。ありました」
あとは冬木さんが亡くなる前あたりとか
小橋引退試合の時にちょっとだけとか

当時の寮生は仲良しだったし、既に寮生ではなくなっていた三沢さんたちもよく道場に来て練習していたからみんな仲が良かった
前回のトークショーで菊地さんと北原さんでいたずらをして新人を辞めさせてしまった話があったが主犯は菊地さんだった
折原さんをオイル塗りたくって小橋さんの部屋に行かせるといういたずら(?)をしたところ、小橋さんが激怒して「なんだおまえ!!!」と怒鳴りつけ折原さんが泣いてしまった
北原「普通面白がるだろ…」
小橋「いや、怒るよ!!」
(このあたりで残り時間1分のコール)
小佐野「待ってください歴史的な再会なのにこんな話で」
小橋「せっかく会ったのに折原の話で終るの???」

北原「トークショー断られると思っていた」
小橋「断ったほうがよかったの??」

北原「病気はもういいの?」
小橋「もう大丈夫!!!」

子供の話
北原さんのところの娘はもう中学生
天龍さんが「レスラーは焼肉ばっかり食ってるから娘ばっかり生まれる」って言ってた
小橋「天龍さんの説でしょ!?」
でも周囲のレスラーの子供は何故かみんな娘

北原「俺は(小橋を)弟のように思っているから」
小橋「目が笑ってるよ。ほんと口が上手いんだから」

今日出場する野村くん(と青柳くん)が北原さんのところへ練習に来ている話
小橋「準から聞いてるよ」
北原「(来るということになって)良く思わない人もいるかもしれないから適当に来いよって言ったら2日にいっぺんのペースで来るんだよ」
小橋「いいことじゃん」
北原「良くない、あいつらどんだけ食うと思ってるんだよ!」

野村くんは昔の小橋さんに体型がよく似ている
真面目な性格も似ている
北原「だから(教育は)俺に全部任せてくださいって秋山社長に」
小橋「全部はよくない。野村くんがこんな風に口がうまくなるのよくない」

引退撤回したレスラーはいっぱいいるから小橋さんも撤回するのではないかという北原さん
小橋「いや、俺は撤回しないよ」
北原「撤回するよ。(奥田アナに)両国で試合するからな! 『準、おれやるよ!』って言うんだ、わかってる」
小橋「ほんと口がよくまわるよね…」

 

 

30分という短いトークショーでしたが、当時の仲の良さが伝わるようないい雰囲気でした。

ご参考までー

スーパー・ササダンゴ・マシンTwitter炎上の記録と検証

半月前になりますが、夏休み最終日の8月31日、DDTプロレスリング公式サイトに以下のような「お詫びとお知らせ」が掲載されました。

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ササダンゴ・マシンのツイートに関するお詫びとお知らせ | DDTプロレスリング公式サイト

この度、スーパー・ササダンゴ・マシン選手がTwitterで、DDTの信用を著しく貶めるような誤解を招くツイートをおこないました。

また、弊社代表取締役社長・高木三四郎は当該ツイートを不用意に拡散し、それがDDTの総意であるかのような誤解を皆様に与えてしまいました。

株式会社DDTプロレスリングとしてはこの件を受けて、ササダンゴ・マシン選手の9月分参戦大会のギャランティーを50%カット、高木三四郎の9月分報酬を20%カット致します。
ファンの皆様には今回の件でお騒がせしたことを深くお詫び申し上げます。

(※太字は筆者)

誤解という単語が2回登場し、重ねて強調されているのが気になったので、太字にさせて頂きました。

ギャランティーカットという処分に、起きた事件の重大さを感じる「お知らせ」ではありますが、この文章だけでは、スーパー・ササダンゴ・マシン選手がTwitterで何か良くないことを書いてしまい、それを拡散した高木三四郎社長共々処分を受けたということだけしかわかりません。

例えば1年後に新しくファンになった方が遡ってこの「お知らせ」を読んでも、何が起きたのかは理解できないでしょう。

このエントリの目的は二つあります。

スーパー・ササダンゴ・マシン選手が書いてしまった「誤解を招くツイート」とは一体なんだったのかということを、今後の再発防止のために記録すること。

そして、この件に関して「何がいけなかったのか」ということを、これまた再発防止のために検証することです。

 

では経緯から振り返ってみましょう。

経緯

・8月30日 12時08分

スーパー・ササダンゴ・マシン選手がTwitter上で以下の2ツイートを発信。

プロレス界で言えば、世間ではプ女子(=プロレス好き女子)だなんだと注目されていますが、それは私が届かせたい相手ではありません。
そもそも、広告代理店やテレビ局が作った幻想ですよ。一人当たりの消費量、支出額で僕を支えてくれるのは30代、40代の男性。
黄色い声援は硬貨、男性の声援は紙幣。

これは実感ですが、実際にそういうデータ取りをちゃんとやっていて、その人たちが喜んでくれそうなこととして始めたのが煽りパワポなんです。
これを気に入って30代、40代の方が会場に来てくれて、その人たちは今は会社では中間層ですけど、出世すれば、チケットをまとめて買ってくれるようになる。そういうビジョンも大切なんです。

当該ツイートは既に削除済みのため、以下はご提供頂いたスクリーンショットです。

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この2つのツイートからまもなく、彼が主戦場としているDDTプロレスリング高木三四郎社長がリツイートしたことで、プロレスファンを中心に拡散。主に女性ファンからの困惑や怒りが反応として現われます。

 

・ 8月30日 12時17分

 今まで彼をフォローしていたにも関わらず、わずか10分足らずでフォローを切るほどの怒りを見せるファンも現れ、問題が表面化。

 

 ・8月30日 15時07分

当該ツイートがかなりの速度で拡散し始め、怒りと困惑を招いている様子を感じてか、男色ディーノ選手がフォローに入ります。

 

・8月30日 15時10分

スーパー・ササダンゴ・マシン選手は、ディーノ選手のフォローからわずか3分後に当該2ツイートを削除。

元の原稿(後述の「煽りパワポ」)についても反省の意を表しました。

最終的なRT数はわかりませんが、記憶ではディーノ選手のフォローが入る前くらいの時間帯で400RT弱程度になっていましたので、それ以上の数値にはなっていたと考えられます。

この段階ですでにプロレスファン以外の層にも当該ツイートが知れ渡り、発言内容に対する非難と、社長がそれを無批判にRTしたということは「そういう団体」なのだろうという失望も多く見られました。

 

・8月30日 15時54分

ツイート削除を受けてディーノ選手がまたもフォロー。

 

・8月30日 17時16分

高木三四郎社長もリツイートの件をお詫び。

 

・8月31日 18時16分

DDTプロレスリング公式サイトに「お詫びとお知らせ」が掲載され、Twitter上で告知される。

 

・8月31日 18時19分

スーパー・ササダンゴ・マシン選手も自らのアカウントでお詫び。

 

以上が事の発端と終息までの大まかなまとめになります。

 

 問題点

 当該ツイートの問題点は、どこにあるのでしょうか。

それをじっくりと洗い出してみましょう。

 

ツイート削除後のお詫びでも「元の原稿」として言及されていましたが、あまりに唐突なこの当該ツイート2つは、実のところ「Yahoo!ライフマガジン」に掲載された『プロレス界の「煽りパワポ」名人直伝! 心に響くプレゼンの極意』からの一言一句違わぬ引用でした。

引用という断り書きが無いまま発信されてしまいましたが、恐らく彼の目的はこの記事の宣伝であったと考えられます。

lifemagazine.yahoo.co.jphttp://archive.is/f5NGj(魚拓)

 

 ツイートとして引用されたのは、「プロレス界で言えば~」以下の箇所です。

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 この発言は、複合的な問題を孕んでいます。
そもそもKPIの話を外部に面白おかしく話そうとしているところが大きな間違いであり、様々な層がいる観客をすべて「一企業(DDT)の身内」として捉えて【内部事情】の話をするというキャラクター自体がそもそも危ういという結論(のひとつ)を出して一蹴してもいいくらいなのですが、それはこのエントリの本意ではありません。

 

まずは現代国語の問題として、一節ずつ見て行きましょう。

 

プロレス界で言えば、世間ではプ女子(=プロレス好き女子)だなんだと注目されていますが、それは私が届かせたい相手ではありません。

 ここでもうすでに少々言葉足らずの感がありますね。

また『プ女子だなんだ』という表現を選択している時点で、彼にとって『プ女子』は軽い存在であることがよく伝わってきます。

長めの補足を入れつつ言い換えるとしたら下記のような形になりますでしょうか。

「現状、プロレス界において世間様に話題を提供しているものと言えば、近年脚光を当てられるようになった『プ女子』(プロレス好き女子)という存在。プロレス界でもこの『プ女子』をターゲットとしてイベントや商品展開を行う動きが活発だ。しかし、私はこの『プ女子』に自分の魅力を届けたいとは考えていない」

……プ女子がメインターゲットではない、というのはただの宣言として特に問題ないですが、「届かせたい相手ではない」とシャットダウンするのは、この一節に限ってもやはり言葉が強すぎると感じます。

 

そもそも、広告代理店やテレビ局が作った幻想ですよ。一人当たりの消費量、支出額で僕を支えてくれるのは30代、40代の男性

「消費量」「支出額」という「経済力」がこの話題のキーであることが示されました。

ここは非常に大きなポイントです。なぜなら、ここは「僕」の話だからです。「僕」のファンは男性が多い、という話で終っていれば、特に問題は起きずに済んだことでしょう。この件に関して「何も大げさな」という感想を抱いている多くの人は、恐らくこの「僕」の印象を強く捉えているのではないでしょうか。

しかし国語の問題として捉えると、前節で彼は「私」という一人称を選択していました。記事の方を読んでも、基本の一人称は「私」です。これは公人としての一人称であり、DDTプロレスリングという団体での活躍のみならず、お笑いプロレス「マッスル」を立ち上げ、業界を動かしてきたマッスル坂井としてのパーソナルを前面に押し出してこの話を始めているのです。ですから基本的にこの一連の文章は「私」を基調に考えるべきでしょう。

ここで急に紛れ込んだ「僕」という一人称は、自分個人のファン(の男性)への語りかけが行われているだけにすぎません。短い文章の中で一人称が変わるのは混乱の元。「おれ」「わたし」「わし」が1ページの間に出てくる『北斗の拳』のラオウほどではありませんが……。
少し気になるところとしては、この「僕」には10代~20代や50代以降の男性ファン及び女性ファンは本当の本当に一人もいないのでしょうか。一人でもいたとしたら、単純に考えてかなり傷つきますし、相当な裏切り行為ですよね。

 

また前半の「『プ女子』という存在は広告代理店やテレビ局が作った幻想」という言及に関してですが、これはプロレスファンにとっては何を今更、という感じです。

広告代理店やテレビ局が(主に新日本プロレスへの)観客誘導を目的に作った「プロレスが流行っている、女性人気がある」感を演出するための言葉、それはその通りでしょう。そのハリボテが作られる過程を見てきた既存ファンなど、内部に居る人間にとって『プ女子』のイメージはあまりよくありません。

そもそも「○○女子」「○○男子」という用語は、既存の差別的な性規範イメージを踏襲し、性別が異なっている時点で見ているものが違うから理解し合えないはずだ、というファンダムの分断を図ろうとする下品で低劣な表現です。

ファンダム内部的な『プ女子』のイメージを上げるとしたら下記のような感じでしょうか。


・ミーハーで移り気
・内容を理解していない
・表面上の楽しさだけを消費している

一言で言えば「リスペクトのないミーハー」。
少なくとも、「素晴らしい観客」へ向ける表現としてこの言葉が使われているのを見たことはありません。
女性ファンの中にも『プ女子』を自称している人も居ないわけではありませんが、「まだ観戦を始めてから期間が短いので、作法がよくわかりません」という意味で使っている方が少々と、女性アイドル・タレントが自分のわかりやすいキャラクター付けのために名乗っているくらいというのが実情かと考えられます。

1年ほど前に「プ女子の知らないプロレス用語」というハッシュタグTwitterで流行りましたが、その内容のほとんどがただ昔あった出来事を書いただけというくだらなさを見れば、プロレス業界やそのファンダムにおいて『プ女子』がどれだけ馬鹿にされているのかがよくわかります。

作り出された用語にすぎない『プ女子』は、現実の女性ファンとノットイコールの虚像です。しかしそれをすべての人間が承知していれば、このハッシュタグのようなことは起きないはず。
これはつまり、「女は皆リスペクトのないミーハー」と考える女性差別者が内部に結構な割合で存在しているということの証明に他なりません。彼らがその差別思考をこの言葉に便乗させて使用することで、ただでさえ無礼なこのマスコミ用語がさらなる不愉快感を付随させる羽目になっているのです。


ですからこの言葉を業界内部の人間が使う場合、一体「どこ」に向かって喋っているのかということが重要になってくるのです。
「内部」→「外部」の場合は、女性ファンを指すマーケティング用語として、わかりやすさを優先し、あえて使った言葉になります。『プ女子』という呼び名に腹を立てている女性ファンとしても、この使用は腹が立つけどまあギリギリ仕方ない、という理解と許容の範囲でしょう。
しかし「内部」→「内部」に向かって使う場合は、先述のようなハッシュタグ遊びがある現状、ひとつの目配せがそこに含まれることになってしまいます。つまり、「あいつら(プ女子)とは違う本当のファン」に向けて語りかけていますよ、というエクスキューズサインが発生してしまうのです。

今回の場合は、全体のニュアンスを鑑みるとどちらの意味合いも等分に持っていたように感じられます。少し邪推にはなってしまいますが、流行語に逆張りして、その言葉に反感を持っている層の支持を得たいという下心がまるっきりないとは思えません。

 

余談になりますが、そもそも女性ファンという存在は、ずっとプロレス会場に存在していました。

今よりもテレビ放送が多く、各団体でビッグマッチが毎月のように行われていたパイの大きな時代は当然のこと(全女が横アリを満杯にしていたことを考えれば、今の女性ファン率は減少していると言えるのかもしれません)、下火と言われたゼロ年代中ごろでも、いつの時代の試合映像を見返しても「黄色い声援」はそこにあり続けてきました。

大体、広告代理店やテレビ局が『プ女子』という用語を作ったからと言って、突然そこに女性が現れるわけがありません。女性たちは元々そこに居ました。先ほど流行演出のための用語と書きましたが、付け加えて言えば、曖昧なまま存在し続けていた女性たちを明確なマネタイズの対象とするため、彼らによって新しく与えられた名札が『プ女子』だったのです。

確かにゼロ年代までのプロレス業界の大半において、基本的に女性ファンは団体レベルでの営業戦略面ではあまり考慮されない存在でした。(国内ではないので指標としては弱いですが、グッズ展開が多く、この方面においてかなり先進的と言えるWWEが、現在Womans sizeとしてほぼ全種に適用されているフィットタイプのTシャツを販売し始めたのが2002年頃でしょうか? ただしこれはトップ中のトップスターに限ったことで、ほぼ全種に用意されるようになったのはかなり最近の2010年以降です。まあフィットタイプを女性用として出すことも、フェミニズムの現場では批判されているのですが…*1
しかし足しげく観戦に通う姿やマーチャンダイジングへの支払いなどと言った面に関しては、男性とさして変わらない態度である、もしくはより積極的であろうというのが現場の実感です。女性ファンは母数こそ多くはなかったかもしれませんが、いつでも惜しみなくプロレス業界にお金を落としてきました。文句も言わずに。それにも関わらず、今でもこの扱いなわけです。

さらなる余談として言うのならば、そもそもミーハーで何が悪いのでしょうか。迷惑さえかけなければ、楽しみ方は人それぞれでしょう。

ついでに言うと、ミーハーなものの見方をしている層というのは、性別とはあまり関係なくどこにでも一定数存在するものです。ミーハーな男性、いっぱいいますよね? 何故女性ファンだけが、ミーハーであることのスティグマを負わせられなければならないのか。それが女性差別でなくてなんだと言うのでしょうか。

 

黄色い声援は硬貨、男性の声援は紙幣

話を戻しましょう。

この箇所が最も反感を買っているところです。

「女性ファンの声援の価値は低い。男性ファンの声援こそ価値がある」

そもそもこんな言葉が21世紀を15年も過ぎた今、平気で通用すると思っていること自体どうかしていると思います。
しかしこの国のものづくりの現場ではいまだに、どんなに女性の支持を集めても無意味、男性が支持してこそ「本物」であるというような差別的信仰がまかり通っているのは事実です。野蛮すぎます。けれどそれがまかり通っているからと言って、対外的にそんなことを公人が言うことはまず有り得ません。それくらいの社会道徳はどんな企業・公人でも持ち合わせているものです。

国語の問題として見ると、前段まではまがりなりにも個人的な話だったにも関わらず、ここで主語の無い転調が入ることで、一気に「一般論として」話している形になってしまうのです。せめて「僕にとって」という表現が頭にくっついていれば、ここまでの大事にはならなかったかもしれません。

「女性」という単語すら使わず、「黄色い声援」という言葉を代入しているのも印象が悪いですね。

 

これは実感ですが、実際にそういうデータ取りをちゃんとやっていて、その人たちが喜んでくれそうなこととして始めたのが煽りパワポなんです。

 ここでまた主語のない言い回しが続くため、前節の「一般論化」効果がさらに進んでしまっています。

データ取りをしたというのは結構ですが、どこでどういうデータを取ったのかという説明がありません。そのため、言及されているデータが「僕」のマーチャンダイズのみを対象としているのか、DDT全体のマーチャンダイズに関してなのか、はたまたもっと大きくスポーツやエンタメ全般におけるグッズ購買層にまで広げた話なのかわからないのも大きな問題点。

恐らくではありますが、前節の一般論化の転調が差し挟まれたことによって、「一般論」と「僕」の中間地点である「DDT全体のマーチャンダイズ」のことであると読んだ人が多いのではないでしょうか。

煽りパワポ記事の方の続きを読むと、編集サイドからの「現状分析のための、アンケートなどでのデータ取りの必要性」という一文があるため、どこかでアンケートを取っていたのかもしれませんが……。何にせよこれもどこでどういう対象に向けて取ったアンケートなのかわからないままでは、論ずるに値しません。

前節とあわせて読むと、「30代、40代の男性で、日常的にパワーポイントを使用した企画プレゼンなどに接している会社員を対象にすると、紙幣をじゃんじゃん使ってくれるので、彼らを優遇していきたい」と読めます。しかしその根拠となるデータは典拠がわからず曖昧なもの。文頭に「実感」という言葉が使われていますが、その通りこの文面においては彼の「感覚」に依拠したものでしかないのです。

 

 これを気に入って30代、40代の方が会場に来てくれて、その人たちは今は会社では中間層ですけど、出世すれば、チケットをまとめて買ってくれるようになる。そういうビジョンも大切なんです。

ここで女性ファンを「対象」から外した理由を、個人が持つ「経済力」の安定性と発展性に結び付けてしてしまったのは、この一連のツイートの中で最も批判を免れ得ない箇所でしょう。これまでの文章がかなり女性ファンを煽り倒すような内容を含んでいた上での、この経済問題への言及は決定打です。これは炎上しますよ。

何故企業に勤めている男性でなければ彼の「対象」になれないのか? それは「出世しないから」。

はっきり言って、最もわかりやすいフレーズであったために反感を買っている硬貨云々は、まだ言葉遣いの過ちとして処理することはできます。腹は立ちますが、失言レベルの問題に抑えることは可能です。

しかしここで、女性の経済力、企業における立場を「理由」としてしまったことは、女性差別的な制度・慣習が未だに続く日本の労働環境の肯定、ひいては差別の肯定でしかありえないのです
「男性は出世する(女性は出世しない)」としている時点で、女性差別の構造が社会に存在していることに思い至らなかったとは言わせません。

現代の日本において、女性と男性の経済力は不均衡な状況です。
「性差」と「経済力」を結びつけて語る時、まず前提としなければいけない現状の問題をまったく考慮しなかったというその態度こそが、今回の炎上の原因であり、問題点なのです。

「企業で出世の見込みがある白人男性をメインターゲットにしています。(黒人は出世しないから)」と言い換えれば、この表現がどれだけやってはいけないことなのかがわかるでしょうか。

 

知らなかった、という方のために性別格差の現状を以下にまとめましょう。

ササダンゴ選手が示したように、2016年においても女性が出世して管理職となる確率は大変低いです。

今年8月に帝国データバンクがまとめた「女性登用に対する企業の意識調査」によれば、企業における女性管理職比率はなんと6.6%。管理職が全員男性で女性が1人もいない企業は50.0%にも及ぶとのことでした。昨年のヘイズの調査においても、外資系企業との合算にも関わらず、19%というアジアでも最低の数値が出ています。

政府は2020年までに女性管理職比率を30%までに引き上げたいとしていますが、残り4年でそれが達成できるとはまるで思えない、惨憺たる女性差別的労働環境と言えるでしょう。

www.nikkei.com

何故企業において女性の管理職が少ないのか。それは当然ながら、能力の問題ではありません。

物理的要因として、そもそも企業内に管理職となる年齢層の女性が少ないのです。日本企業には男女雇用機会均等法以前、新卒女性を「社内結婚相手」として採用し、寿退職させ続けていた過去がありました。人事というか女衒ですね。最低です。また出産後の復帰システムも機能していなかったため、女性は管理職の年齢になるまで企業に残ることができなかったのです。

当然ながら最も大きいのは、社会構造の問題です。

①長期継続雇用前提の年功的な内部昇進

②配偶者が専業主婦の世帯主を暗黙の前提とした長時間労働や頻繁な転勤等の働き方

③専業主婦世帯を優遇する税制や社会保険制度

なぜ女性管理職は増えないか 「30%目標」を遠ざける“日本的雇用慣行の疾患”|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

 これらを前提とした社会制度や慣習が、女性のキャリアアップを阻害しているのです。人口が低下し、労働力も減少しつつある今、女性のさらなる社会進出とそれを支えるワークライフバランスの見直し・是正は、どんな企業においても喫緊の課題。しかしまず男性が意識を変えなくては、何も始まらないのです。黒人奴隷の解放を宣言したのは白人大統領のリンカーンですよね。不当に支配する側にいた者が、その自覚を持って過ちを正さなければ、平等な世界というものは来ません。

管理職採用の問題だけでなく、さらに言えば日本の男女賃金格差は主要25カ国中ワースト2位なんですよ。

2014年度に経済協力開発機構OECD)が加盟国34カ国を対象に行った調査では、全日制労働者の性別賃金格差は28.7%。最も格差が少ないハンガリーの3.9%に大きな差をつけられています。

www.huffingtonpost.jp

そんな状況の日本ですから、世界経済フォーラム(WEF)が毎年調査・発表している男女平等(ジェンダー・ギャップ)指数ランキングで、いまだに先進国の中で唯一100位の壁を超えることができていません。2015年は101位。項目別では経済活動の参加と機会が106位、教育が84位、健康と生存が42位、政治への関与が104位です。

memorva.jp

これが現代日本における女性の現状なのです。
明白に、数字の上で女性差別が存在しているのです。
「女性」と「経済力」に言及する場合は、最低でもこの現状認識を持っていなければ、意味のある言説はまずもって作れないと断言して良いでしょう。

現状環境を無自覚な下敷きとして立てた論説は、「差別を気にも留めていない」という無神経さを露呈するのみ。

今回の件を問題視した多くの人は、その無神経さにこそ腹を立てているのではないでしょうか。

 

まとめ

「お詫び」の文に誤解という言葉が重ねられていましたが、別に誰も誤解などしていません。彼が意図的に女性差別を行おうと思ったなどと解釈している人間はいないでしょう。ファンの分断を行おうとはしていましたが。

彼はただ、あまりにも不用意な言葉で、現代日本の女性差別的社会構造を見てみぬふりをし、何なら軽くミソジニーを抱いて生きてきた男性であるという地金を露呈させたのみにすぎません。男性優位構造にどっぷり漬かって生きてきた日本人男性にはよくあることです。

しかしながら表現者であり、公人である人間がやってはいけないことですし、率先して改めていくべき事柄ゆえに、今回の炎上事件は起きたのです。

何にせよ「マーケティング」を踏まえたプレゼンという表現形態を取ったことが、不用意にもほどがある言葉を死ぬほど並べてしまう要因となり、その社会人キャラクターゆえに真っ当な批判を浴びることになったと言えるでしょう。キャラクター相応の責任を被ったという形です。
例えばバラモン兄弟が水やドッグフードを撒きながら「プ女子来るな!」と言ったところで、わざわざそれを糾弾しようとはあまり思いません。ご兄弟のことが好きですからちょっと傷つきますけど、そういう差別問題に関して女性差別以外にも様々な綱渡りをしているキャラクターなのは先刻承知ですので……。

ササダンゴ選手の発言は、先ほど一節一節ごとにバラして見ていきましたが、見事に全ての節が不用意ですよね。

□プレゼンのテクニックばかりにこだわっていないか?
□自信満々すぎて、態度が大きくなっていないか?
□勢いに乗って、独りよがりの内容になっていないか?
□最後まで確認をしたか? 誤字脱字は絶対見逃してはいけない
□誰のためのプレゼンか、何のためのプレゼンか、明確になっているか?

 この「煽りパワポ」の〆が誤字脱字を除いてほぼブーメランとなっているあたり、この社会人キャラクター自体が彼に向いていないのではないかと心配な気分にさえなります。

文章を作る時は「悪魔のような細心さ」を持ちましょう。私も気をつけなきゃ。

 

まあ、私もこうしてあらましを書いていますが、彼に対して怒っている気持ちというものはもはやさほどありません。自分の発言がプロレス界のためにならないものだと自覚した時点で、被差別者の側に思考を及ばせたであろうし、今後も表現を行う上で考慮を入れるようになるだろうと思えたからです。

私が個人的に怒りを覚えたのは、今回の件を横から「大したことじゃない」と庇った普通の日本人たちに対してです。

すでに問題が提起されたにも関わらず、相変わらず見て見ぬふりを続けるということは、差別の共犯者であり続けることを選び取ったことと変わりません。

この男性優位が当然とされている世界に生まれ、幼い頃から女性蔑視的なコンテンツを浴びるようにして育った多くのごく普通の人たちが、そういった考え方から脱するのは非常に困難なことでしょう。それはわかっています。

男性だけでなく、楽に生きるために差別的現状から目を背け、ミソジニーに染まった思考を内面化した女性たちも大変多いのが現状です。

うんざりするような世界ですが、しかしそこであきらめてしまっては、この状況は変わりません。私自身がいやだというのもありますが、何より友達や好きな選手の娘さんたちにこんなクソみたいな気分を味わって欲しくないのです。

 

 おまけ:その後の顛末

 今回かなり迅速な処分が行われたことで、DDTの株はさほど落ちずに済んだようです。ミソジニー丸出しな男性ファンや、名誉男性気取りの女性ファンからは処分が重すぎるという声もあるようですが、妥当な処分だと思います。普通のコンプライアンスがある企業だったら契約解除&更迭ですよ。

とはいえササダンゴ選手の心配どおり、この件を知ったプロレスファンダム以外の方からは、DDTという団体で起きた問題としてではなく、「プロレスってそういう差別発言がまかり通る世界なんだな」と大きく捉えられ、記憶されてしまっています。これは本当によろしくないことです。

私はプロレスというジャンルを愛していますし、戦いとスポーツと芸術がミックスされた素晴らしい世界だと信じています。ゆえにその世界の主役であるレスラーたちには、相応のリスペクトを受けて欲しいので、よく知らない人から「プロレス業界って野蛮で後進的」と思われているのを見るにつけ、大変悲しい気持ちになってしまいます。

 

またTwitter上では、男色ディーノ選手のフォローが良かったという層と、彼の問題を誤魔化すような茶化しに失望する層が8:2くらいの割合で別れたようです。

私は失望している側なんですけど。だってそもそも最初のこのツイート。

 明らかに「不正解」の事例に対して「正解も不正解もない」というふんわりした肯定を示しているのは、どう考えても許容できるものではありません。本人は「喧嘩両成敗」くらいの気持ちなのかもしれませんが、差別という事実について中庸な態度はありえません。「ちょっとだけ差別してるけど許して」などという態度を被差別者がOKとするわけがありません。

というか、ディーノ選手は私が上記に延々あげたような問題点をわかった上で話題の焦点をずらしているようにしか見えないんですよ。

我ながらササダンゴ選手は無自覚であろうと断じ、ディーノ選手は意識してやっているだろうと考えるのはまあ彼らのキャラクターの差でしかないのですが……。

ディーノ選手はDDT総選挙でも常に上位の人気者。Twitter上でも含蓄のある人生相談などをしていて、皆が「嫌いになれない」立ち位置を確立していらっしゃいます。私も色々どうかなと思うところもありますが(ゲイ=変態のステレオタイプギミックはゲイコミュニティーに属しないゲイ男性が特に嫌がるものであるという話を知って以来複雑な気分です)、基本的に好意を持っています。

その人が「友達だから」と言うことの威力は、元からのDDTファンや彼を知るプロレスファンには非常に有効です。先ほども書きましたが、恐らくこれはわかった上で火消しをやっているのでしょう。

ただ逆に、彼のことをよく知らない人間からすれば、何いきなり生ぬるい言葉でミソジニストを庇っているの? 「失言」レベルに問題を矮小化をするのはどういうつもりなの? という話です。

一度ササダンゴ選手に怒った人たちの間でも、その後の反応が分かれたのは、ディーノ選手の人柄を知っているか知らないかの差が大きな要因でしょう。特にプロレスはプロレスでも、アメリカンプロレスのファン層が憤っていたのはそういうことだと思います。

そして実際、「次の新宿大会」で、ディーノ選手は見事にこの件を「ネタ」として丸め込んでしまいます。

 

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ツイッター炎上のスーパー・ササダンゴ・マシンがリングで謝罪=DDT (スポーツナビ) - Yahoo!ニュース

 

 見事な火消しの手並みだとは思いますが、「正解も不正解もない」などと言ってやんわりと差別意識を肯定し、差別への怒りを「失言を叩く」レベルのちょっとした癇癪程度に引きずり落としたことは私は絶対に忘れません。

最も注意すべきは、こういうわかっていそうでわかっていない(あるいはわかっていて無視をする)、口のうまい人だということを改めて確信させられました。

 今回の件に関しては、許すが忘れない、というのが個人的な結論です。

 

このエントリはあくまで記録と検証のためにまとめたものですし、処分がされた今、もう一度上述の選手たちを糾弾しようという気持ちは私にはありません。

ただ、今回の件を機にファンも含めてこの問題に触れた人々が、女性ファンや女性の置かれている社会的立場に関してきちんと捉えなおしをしてくださることを願うばかりです。

*1:※実はフィットタイプではない形の女性向けTシャツも、女性人気の高いスターに限って、90年代後半すでに販売されていた模様。袖だけがぴったりと絞られたかわいいデザインで、何故これがなくなってしまったのか残念でなりません