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…もまた覗く

プロレスファンから観た『ピースメイカー』

※映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』の大枠ネタバレと、ドラマ『ピースメイカー』の微ネタバレがあります。ストーリーを楽しむ邪魔にはならない程度のネタバレに抑えているつもりですが、気になる方は以下をスクロールしないようにお願いいたします。

 

ドラマ『ピースメイカー』とは

2023年1月現在、U-NEXTで配信されているドラマ『ピースメイカー』は、DCコミックスのヒーロー映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』に登場したキャラクター「ピースメイカー」(演:ジョン・シナ)のスピンオフドラマシリーズ(全8話・シーズン2制作予定アリ)。Youtubeでも購入視聴できます。

 

脚本・監督は映画同様ジェームズ・ガンが担当。映画撮影の途中から企画が進行していたとのこと。
ピースメイカーというキャラクターは、DCコミックスに1966年に登場した同名マイナーキャラクターがデザインの元ネタではあるものの、キャラクター性はほぼ映画オリジナル。現在コミックに登場しているピースメイカーは、映画をきっかけにコミックに設定等が逆輸入された形のちょっと珍しいキャラクターになっています。スーサイド・スクワッドメンバーの中では、アニメオリジナルでコミックに逆輸入されたハーレイ・クインと少し似た経緯と言えるかも。
映画でのピースメイカーの活躍は以下の通り。

ピースメイカー(本名:クリストファー・スミス)は、父親によってあらゆる兵器と戦闘のプロフェッショナルへと育てられた、「平和のためなら女子供も殺す」暴力的な自称スーパーヒーロー。
その行き過ぎた自警行為によって収監されていた彼は、合衆国の極秘任務を担うタスクフォースXのメンバーへと抜擢され、南米の反米独裁国家で行われている宇宙生物兵器実験「スターフィッシュ計画」の施設破壊任務へと就く。だがその任務の途中、そもそも計画自体が合衆国政府の差し金で行われてきたものであることが発覚。上陸チームαのリーダー、リック・フラッグ大佐はこの事をアメリカのマスコミに暴露すると決意し、任務からの離脱を宣言するが、それを止めたのはピースメイカーだった。ピースメイカーは大佐を殺害し、仲間達をも手に掛けようとするが、βチームのリーダー、ブラッドスポートとの戦闘で敗北。狙撃を受け、塔の下敷きとなった。
……が、ピースメイカーは一命を取り留めていた。生き延びた彼にはタスクフォースXから新たな指令が下る事となる……

で、彼の新たなる任務「バタフライ計画」と、アサインされたチームの顛末を描いたのがドラマ『ピースメイカー』ということになります。

ピースメイカー、その見た目は原色のガンダムカラーコスチュームに銀色のヘルメット、親友の白頭鷲アメリカの国鳥)「ワッシー(原語ではEagly)」を連れた謎のマッチョ男性。戦闘のプロフェッショナルだが超能力的なものは無し。白ブリーフでウロウロしたりするような奇行に類する行動を平気でする、他人から見れば何を考えているのかいまいちわからない性格。本人自体に悪気は無さそうなものの、性差別、人種差別を始めとしたあらゆる差別的言動と陰謀論を信じ込んだいわゆるオルタナ右翼言動が凄まじく、故に現代では口を開くたびに他人とのコミュニケーションに躓く。時代遅れの差別用語を普通に使い、下ネタや外見のいじりで他人をからかい、「男らしさ」を誇示するような会話しかできない。本当に困ったどうしようもないヤツなのだけど、ただなぜかいつもどこかに寂しさ、繊細さを感じさせるようなところもある……というキャラクター。
『ピースメイカー』はジャンルとしてはヒーローものであり、SFアクションに分類されるだろう。そのジャンルムービー(ドラマ)としてのストーリーの軸となるのが、「人間に寄生する異星人の侵攻を食い止める極秘任務」とすれば、感情劇としての軸はピースメイカーの生い立ちを巡る物語と言える。
ピースメイカーに殺人と戦闘の訓練を施し、オルタナ右翼的な言動を刷り込み、特殊ギミックの付いた銀色のヘルメットや、派手な原色のコスチュームなどの装備を与えたのは、父親のオーガスト・スミス。
物語の進行と共に、この父親はただ単に差別的で攻撃的な人間というだけでなく、多数の信奉者を持つ白人至上主義の凶悪ヴィラン「ホワイトドラゴン」という正体があることがわかる。そしてその破綻した家庭でピースメイカーがいかに虐待的な扱いをされていたのかも……。
当初は、彼曰く"出来損ない"の息子ピースメイカーに協力的と思われたオーガストだったが、ある事件をきっかけに信奉者たち(KKKそっくり)と共に息子を殺すために動き出す……という流れに。
ピースメイカーは父親からの圧力を克服し、多様なチームメイトと協力して異星人の侵略を止めることができるのか?

 

youtu.be

ドラマ観るのめんどくさいな~という人はとりあえずこのOPだけでも観て帰ってください。カワイイから。

 

オルタナティブジョン・シナ」としてのピースメイカ

これは『ザ・スーサイド・スクワッド』を観た時からずっと思っていたことなんですけど、ジェームズ・ガン監督はこのピースメイカーというキャラクターを「裏ジョン・シナ」として当て書きで作ってますよね?

・強権的な父親に装備と原色のコスチュームを与えられた

・正義を志しているが権力に盲従する一面があり、自分の良心を裏切ってでも権力に「忠誠」を尽くしてしまう

差別まみれの言動は完全に「WWEスーパースター、ジョン・シナ」が言いそうにないことだけで構成されてはいますけど、原色カラーの社畜根性マッチョというキャラの根本は一緒じゃないですか。父親はどう見ても元WWECEO、強権で団体を支配し、スポーツエンターテインメント界を牽引してきた帝王、ビンス・マクマホンでしょう。
ちょっと待って、いきなり「社畜」とか酷いこと書くなよと思った人もいると思いますけど、これはまあシナがWWE王座を延々保持していた絶対王者時代に「CENA SUCKS!」とチャントしていたアンチ側はみんなそう思ってたと思うよ。
そう、私は現地観戦でしっかりCENA SUCKS側でチャントしていた者でございます。なぜなら試合が本当にシャレにならないくらいつまらないので……。
どんなハードスケジュールもこなす真面目な性格で、ビンス・マクマホンのお気に入りだからという理由で長々とRAWのメインを張り、WWE王座を持ち絶対王者として君臨していたシナ。当初はともかく、あまりに長く続くその予定調和ぶりに多くのファン……特に観戦歴の長いファンは飽き飽きし、次第にアンチが増え……というか爆増していった。
全然知らない人のために一応補足すると、2010年ごろのWWEテレビ放送は、『RAW』でも『SMACK DOWN』でもなんでも、とにかくシナが登場すると、「CENA SUCKS」のブーイングが起きて、それに対抗するように「LET'S GO CENA」の声援が高まり、交互に掛け合いのようなチャント合戦をする状態だったんですよね。SUCKSの声量が多すぎる会場の大会を放送するときは、音声編集でLET'S GOを足していたという噂がありますが、現地観戦した時の感じだと放送音声は毎度編集されてたんじゃないかな(お祭り的に人がいっぱい来るレッスルマニア本戦はともかく、オタクが多いRAWはさすがにSUCKSが勝ちすぎてた)。
シナはこの罵倒と声援が入り混じる状況に、「いずれにせよ自分を対象とした声である以上、両方プラスとして考えている」という感じのポジティブメッセージを出していた記憶がありますが(実際、シナが嫌いなら対戦相手の応援をしろよという真っ当なご意見もあるのだけど、どうせ会社の意向が~と思うと対戦相手に感情移入もしにくいのだ)、でもまあ数万人に「最低クソ野郎」みたいな罵倒されて楽しいわけないんだよな。
なのでドラマ内でピースメイカーが独り「本当は誰もオレのことなんか好きじゃないんだ」と涙ぐんでいたシーンを見た瞬間、私はこれらのことがぶわっと脳裏によみがえり、初めてSUCKSとか言って大変申し訳なかったと思いました。でも当時のあんたの試合はマジでシャレにならないほどつまんなかったし、何が嫌って「どうせビンスの意向は覆せない」という諦念を抱えて番組を追い、試合を観ることが嫌だったよ。こちとらサラリーマンとしてサラリーマン社会を忘れたくてプロレスとか観てるんで……。
WWEってずっとそうじゃん! と言われればそうだし、私の海外で一番好きなプロレスラーであるクリスチャン・ケイジはビンスに嫌われていたため、WWE王座に次ぐ第二の王座、世界ヘビー級王座すらデビュー14年後に親友エッジ引退の棚ぼたというチャンスが来るまで待たねばならなかった。PEEPS(クリスチャンのファンの総称)としてこの辺の恨みも勿論ある。実力、会場人気に申し分のないクリスチャンは、それまで延々と他の中堅用王座を獲り続けていたため、彼以降あまり出そうにない(今はもう廃止された王座とかもあるので)グランドスラム保持者となっている。ビンスの好き嫌いは絶対。でも失敗したな~と思ったらすぐ引っ込める理性がゼロ年代半ばまではあった。アンダーテイカーの偽物みたいなギミックの人とか(名前忘れた。ブライアン・リーではない)。比して、シナ政権はあまりにも長すぎた。

寄り道になるが、CMパンクという大変困った人の話も少ししなくてはならない。
CENA SUCKSというチャントが会場の大半を占め、観客のシナへの不満が度を超えて高まっていたものの、相変わらずビンスが自らの意向を変える事が無かった2011年、前年より禁欲主義を謳う「ストレートエッジ」のギミックに転向したパンクは、その標的をシナに定める。得意のマイクを先鋭化させ、作られた王者シナとビンスを始めとしたマクマホン・ファミリー主導のWWE上層部批判を展開した。その「リアリティ」、観客の大半がWWEを観るにあたり当然のこととして受け入れていた暗黙の前提「ビンス・マクマホンの意向」を改めて公然と批判したパンクは、WWEにおける一種の革命を起こしたと捉えられ、アンチヒーロー的な人気を博した。

元々CENA SUCKS派である私がこの流れに喜んだかというと別にそんなこともなく、この仕掛けも含めてアンチシナの感情を宥めようとするガス抜きでしかないじゃん……というかなり冷めた反応だった。なぜなら私はTNAのオタクだったので。
PPVマネーインザバンクでシナの保持するWWE王座への挑戦権を手にしたパンクは、戴冠の暁にはベルトを持ったままROHか新日本に行くと発言した。んっ? おかしいですよね? WWEを辞めた人は大体TNA(現Impactレスリング)に行くじゃん。元祖ビンスへの反逆者、ジェフ・ジャレットが設立した団体TNAは当時、WWEに規模こそ全く及ばないものの、フロリダのユニバーサルスタジオ内に常設会場を持ち、テレビ放送やマーチャンダイジングの全国展開も行う米国第二のプロレス団体だった。準WWEクラスの給与と待遇があるのはTNAしかない。World Wrestling Entertainmentから「WWE」に名前を変え、放送内からも「レスリング」「プロレスリング」の言葉を徹底排除したWWEに対し、「プロレスリング」であることを強烈に打ち出したTNAは、その番組冒頭のオープニングで毎回こう宣言した。"TNA, WE ARE WRESTLING"と(これは2007年くらいの話)。
2005年のジェフ・ハーディーを皮切りに、クリスチャン、カート・アングル、ブッカーT、その他たくさんのWWEでの待遇に不満を持った大物WWEスーパースター達が続々とTNAに移籍して行った(クリスチャンはTNA登場の初マイクで「オレはレスリングを愛しているからここに来た、観客の皆と同じだ!」と叫んだ)。2009年にはハルク・ホーガン、2010年にはリック・フレアーの2大巨頭すらTNAに行ったのだ。
そういう団体があるのに、なぜ名前があがらないのか。おかしいですよね。
当時のWWEは絶対的鎖国体制を敷いており、番組中で他のプロレス団体の名前が出ることは一切なかった。だからROH、新日本の名前が出たのも画期的な出来事ではあるのだけど……それでもTNAの名前は出せないんだよな! マーチャンダイジングの競合だからROH、新日本はウォルマートのおもちゃコーナーには出展していないから名前が出たのだ。大手おもちゃメーカー、マテルと契約してアクションフィギュアをガンガン作ってたTNAはダメ。そりゃそうだ。ちょうどホーガンとネイチ(フレアー)のおもちゃめちゃくちゃ売ってる真っ最中だったからな。
要するにパンクは、決められた範囲の中でしか上層部批判をしない、作られたキャラクターだ。本物の革命家なんかじゃない。シナが作られた王者なら、パンクもまた同じだ。
確認するまでもなく、彼の型破りなマイクは入念な打ち合わせのもとに作成されたシナリオだ。それに命を吹き込み、多くの人に「シュートだ」と信じさせたのは彼の才能だろうが、本当のところはTNAの名前も出せないような虚構でしかない。
パンクの抗争相手はシナから次第にブレていき、それでも人気を博した彼は1年以上王座を保持した(勿論、ベルトを持ったままROHにも新日本にも行きはしなかった)。

ただ、シナへの不満のガス抜き役には本命スーパースターがいた。パンクはレギュラー出演者ではないそのスーパースターの代理、場繋ぎ的な役だったとも言える(が、アンチシナの勢いが強すぎて異常にハネてしまった)。本命がパンクと違うのは、結構な長期計画の元に「ガス抜き兼シナの格上げ」のアングルが構築されていたことである。
その本命こそ、アティテュード期の超カリスマスーパースター、ハリウッドに活躍の場を移した後はドウェイン・ジョンソンとして知られるザ・ロックだ。
2011年4月の年間最大PPVレッスルマニアに突如特別ホストとして召喚され、WWE復帰を果たしたロックは、シナを「子供向けの安っぽい男」としてこき下ろし、レッスルマニア本戦で行われたWWE王座戦シナ対ミズではミズに加担(試合がつまらなすぎてマジでシーンとしていた会場がロック様登場で大沸きしたのを覚えている現地組)。翌日のRAWでついに翌年、2012年のレッスルマニアで決着戦を行うことが早々に決定する。個人的には1年後のメインイベント決めるのってほんとどうかしてると思うし、実際批判も多かった。その1年誰が何をしても意味がないことになるからね。
「ONCE IN A LIFETIME(人生でただ一度)」と銘打たれたアティテュード期のスター対視聴年齢制限PG13のスターという構図は、ちょうどその10年前、2002年に行われた旧世代のスーパースター、ハルク・ホーガンザ・ロックにあやかろうとしているのもなんとなく透けて見えた(ホーガン対ロックで敗北を喫したロック様は、プロレス界でやることは終わったとばかりに映画界に去って行ったのだが……)。
そして予定通り行われた2012年のレッスルマニアXXVIIIメインイベントで、ロックはシナを破り、多くのファンの溜飲を下げた。ただそこで終わらなかったのがホーガン対ロックとの大きな違いのひとつだ。
翌年、2013年のレッスルマニア29で、再度リベンジマッチが組まれたのだ。ONCE IN A LIFETIMEとはなんだったのか。そこでシナはついにロックを破り、WWE王座を戴冠。二人のスーパースターは対等になったのだ、ということになった(少なくとも上層部はそうしたかったのだろう)。ファンがどう思ったのかは想像にお任せする。

時のスーパースター、ロック様が敗けてみんなガッカリして終わったホーガン対ロックよりはだいぶアップデートされたガス抜き&シナ格上げアングルではあるが、もうひとつ、ホーガン対ロックの過去対未来という単純なアングルとは別の構図がロック対シナにはあった。というか、アンチシナで結集したファンの中にあったひとつの「潮流」と言ってもいい。
このアングルの中でロックから飛び出したシナへの悪口の中でも特に印象深く、いまだによく覚えているものがある。

「紫色のTシャツ、その前は緑、その前はオレンジ、貴様はまるでクソデカい皿の中で走り回るフルーティ・ペブルス(カラフルな小石)だ!」

フルーティ・ペブルスというのは、アメリカにはそういう名前の子供向けシリアルがあるのだが、これは是非を超えて大変上手い表現だったと思う。

常に黒いコスチュームで巌のように硬い「岩(The Rock)」と対比した時、シナは安っぽいTシャツの子供向けな「小石」でしかない……要は「大人の男じゃない」という皮肉だ。「男達が支持するロック」対「女子供が応援するシナ」という構図である。率直に言ってかなり「女子供の客」をバカにしたアングルでもある。今思えば。
当時はシナの試合があまりにつまらんということでそういう観点を持てなかったことを反省しております。

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男らしさとは何か?
自惚れ野郎をぶちのめし、パイを喰らい、道を切り開き、片眉吊り上げ全てを打ち負かす、万人に選ばれし王者、ザ・ロックのことだ!(The jabroni beating, pie eating, trail-blazin', eyebrow raisin', all around, smack it down People's Champ, The Rock!)
そう謳いあげるロック様に深く頷いたファンも多いだろう。

 

……でもその「男らしさ」、本当に良いものなのですか? というのが『ピースメイカー』の主題だ。
男らしいザ・ロックの言動を煮詰めに煮詰めて有害さだけ残したキャラクター、それがピースメイカーだ、という言い方をしても良いだろう。
えーっと、そんなキャラクターを他ならぬジョン・シナが演じて、WWE的には大丈夫ですか?

 

『ピースメイカー』作中での倒置的言及

ここでようやく『ピースメイカー』の話に戻るが、第1話のファミレスでのチーム集合シーンで、遅れてきたピースメイカーがウェイトレスを「sweet cheeks」と呼びかけ、仲間達に「今時そんな表現使う?」と大顰蹙を買う場面がある。字幕では「ピーチちゃん」と訳されていたが、cheeks(sなので、ほっぺふたつ)のスラング的意味合いと会話の文脈を考えると「桃尻ちゃん」みたいなニュアンスですかね。ウェイトレスさんにそんなん言ったら普通に一発アウトのセクハラ表現。仲間達は「何を急に尻とか言ってんだ」と非難するが、自分がいきなり世間のアウトラインを踏んだことに逆に慌てるピースメイカー(出所したばかり)は「ほっぺがピンクだろ」と嚙み合わない返答しかできない。
このシーンでは続いて「シュガーパイって言うのと同じくらい失礼だよ」と言われて「不適切だぞ! 彼女はシュガーパイ=貧乳じゃない。シュガーパイって言うのは彼女のことだ(仲間の一人を指して)。あと厳密には彼もだ」とピースメイカーが返す「不適切」ギャグが挟まる。
かつてWWEWWF)の名物日本語訳会社ルミエールは、ザ・ロックの「pie eating」をそのまんま「パイを喰らい」としか訳さなかったが、きちんとpieのスラング的ニュアンスを拾えば「群がる女達をコマし」くらいが妥当か。それこそ『ピースメイカー』の作中内で発せられたら、仲間達にめちゃくちゃな顰蹙を買うセクハラ表現なのだ。それと似た台詞をジョン・シナが演じるキャラクターが言う。これは特に深読みせずともWWEザ・ロックへの倒置的言及のシーンと言っていいだろう。

アティテュード期的な男らしさは、言うまでもなく性差別や人種差別、労働搾取、様々な種類の(主にパワー)ハラスメントの上に成立していた。
近年それが非常にゆっくりとではあるものの揺らぎ始め、ついには2022年、女性部下との不倫騒動とその口止め料を会社の金で払ったとのことで、ビンス・マクマホンその人がWWEを辞任する展開ともなった。これは外部からのすっぱ抜きだったが、内部で通用していたことが、社会的に通用しなくなったということのひとつの証左でもあるだろう。
ロック様自身は潔白だろうとも、彼が君臨した「男らしさ」の文化は、もはや過去のものとなりつつあるのだ。

そしてもうひとつ、さすがにこれも倒置的言及だろうというシーンが『ピースメイカー』にはある。
オルタナ右翼のクソ男、ピースメイカーの愛すべき一面、それは音楽好きというところ。ピアノを弾くシーンもある。ちなみに実際シナ自身もピアノが弾けるため、吹替ではなく本人が演奏しているとのこと。
同じく第1話、刑務所から出所したばかりで性欲が溜まっていた彼は、チームメイトのエミリアに粉をかけようとして振られ、同じバーにいた女性をナンパして彼女のマンションへ行く。この流れで、全裸で腰を振りながら「フリーダム!」と叫んで射精する役をやるジョン・シナ、という衝撃シーンがあるのでWWEファンは皆見たらいいと思う。
事後、彼女の収集していたレコードの棚を見つけたピースメイカーは、その中にプリティ・ボーイ・フロイドの一枚を見つけて「趣味が合うな」と大喜び。
そう、ピースメイカーの音楽の趣味はグラム・メタルなのだ。髪を伸ばし、化粧を施し、愛についてブルージーに歌い上げ、見た目が厳ついヘヴィメタルに比べれば女性的で、かと言ってグラムロック的なオシャレ感とも無縁な音楽ジャンル。
同じくグラム・メタル系のバンド、クワイアボーイズの「I Don’t Love You Anymore」をプレイヤーにかけ、白ブリーフ一丁のまま踊りながら歌い出すピースメイカー。ここはほんとに美しいシーンなので是非見て欲しい。ていうか『ピースメイカー』を見て欲しくて書いてるんだよこれ。
まあSFアクションドラマなので、ナンパした彼女は異星人に寄生されており、白ブリーフのまま戦うハメになるという展開なのだが、それはさておき、後の回でピースメイカーがグラム・メタルを好きなのは、亡き兄の影響だということが明かされる。
幼い頃、レコードをかけながら兄が言った言葉をピースメイカーは覚えている。

「女々しいけど、これもロックだ」

フルーティ・ペブルスもまたロックである……ということを、ジェームズ・ガンは10年の時を超えてザ・ロックに申し上げているのだ。
「女々しい」は原語だとBitchって言ってますね。併せて言及するなら、ロック様のシナ物真似は総じてなよなよした「女らしい」動きを伴うものだった。
ピースメイカーというキャラクターは、WWEの子供向けスーパースター、ジョン・シナが絶対にやらない、やってはいけない言動を踏み抜いて行く裏バージョン的な当て書きで造られているのではないかという仮説を上に書いた。
2011年、ロック様はシナに言った。「オレ様と貴様はやることなすこと正反対」と。
ハリウッドスターになってからは寡聞にして存じ上げないが、かつてのロック様は共和党支持のタカ派として知られていた。WWE自体、陸軍慰問公演がトリビュート・トゥ・ザ・トループスとして年間行事に含まれているゴリゴリの保守、共和党とは昵懇にしてきた歴史がある。トランプ元大統領もHOFだしね。
ピースメイカーは、要するにWWEの「そっち側」の要素の集合体だ。
保守、家父長制、性差別、LGBTQ+差別、人種差別、民族差別、ありとあらゆるトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)。シナが彼岸にいないような書き方をしてきたが、当然WWEスーパースター、ジョン・シナもこうしたことには加担してきている。PG13になって以降のスターなので、アティテュード期に比べれば多少マシなだけ。
そしてWWEとスーパースター達、ピースメイカーを支配してきたのは、ビンス・マクマホン、彼にそっくりの強権的な父親。

そしてネタバレになるが、最終的にピースメイカーは父親を殺す(一応文字色反転)。自らの決断で。
作られた男らしさと決別し、人間らしく、自由に生きていくために。

 

……これ、どう思います?

ジョン・シナWWEを心から愛し、自らのホームとして規定する男が、どういう心境、どういう役解釈、演技メソッドでこのピースメイカーという役を演じたと思いますか?

フルーティ・ペブルスもまたロックである。「男らしさ」を捨てても、人間の男性として在ることはできる。そういったWWE在籍時には決して発することが許されなかったメッセージを送る作品を主演することについて、彼はどう考えていたのだろう。

肯定的……だったのではないだろうか。
というかそういったジェームズ・ガンが織り込んだであろうメタレベルの暗喩込みで役理解をしていないと、できないような繊細な感情表現をできているのだ、俳優ジョン・シナは。
『ピースメイカー』の中盤、彼の過去が明かされるあたりから加速度的に増していく切ないシーンの繊細な演技については言うまでもないが、一通り見終わった後には再度『ザ・スーサイド・スクワッド』に戻ってほしい。既に『ピースメイカー』を想定した演技が行われていることがわかるので。
市内での移動シーンで、ブラッドスポートとラットキャッチャー2の悲しい生い立ちを聞きながら、なんとも微妙な顔をしているピースメイカー。彼は無言だが内心ではブラッドスポートと同じ苦しみを背負う者として悲しみを抱き、またラットキャッチャー2に対しては哀れな子どもに優しくしたいと強く願っている。
職務に殉じ、大佐を殺そうとする時の見開かれた目。ピースメイカーは、本当は大佐のような人間が好きなのだ。
シナの演技は言外にそのことを視聴者に伝えてくる。

演技者としてのジョン・シナは、いつも同じ「ロック様」テイストを求められ、それに応え続けるドウェイン・ジョンソンよりも、かなり広いバリエーションを持っていると言えるだろう。
というか私の中では、演技という場においてはシナが圧勝している。
WWEファンこそ、『ザ・スーサイド・スクワッド』『ピースメイカー』を観て欲しい。

プロレス/格闘技業界は、日米問わずトキシック・マスキュリニティの坩堝だ。
2022年も、サイバーファイトはDV前科持ち性犯罪者を招致して挙句になんか事件を起こされて帰し、UFCデイナ・ホワイトは大晦日に妻を殴った。
勝者と敗者がいるスポーツ全般、基本的にはそうなのかもしれないが、勝負を「興行」としているプロレス/格闘技業界は、とみに強さ=男らしさを強調し続けている。そして男ではないもの、男らしくあることができないものを蔑み、何よりも自分自身の傷つきや間違いから目を逸らし、貶めることで傷を広げている。
トキシック・マスキュリニティ=有害な男らしさって結局なんなんだ、と思っている人もいるかと思うんですが、ものすごく単純・平易化して言うと、「無神経」ですよね。
「誰かが傷ついても気にしない」「自分が傷ついても見ないふり」で、自他の傷をどんどん悪化させていくのが有害な男らしさです。

少しだけ話を戻すが、そもそもなにゆえWWEがロック対シナのアングルを組み、2011~2012年の丸2年をかけてまで「シナをトップで居続けさせる」というビンスの意向を守らなくてはならなかったのかと言えば、失敗を認められなかったからだ。客の気持ちに添っていない、情勢を見極められなかったという過ちから目を逸らし、「無神経」で押し通そうとしたかったということに他ならない。その間、傷つき続けたのは勿論、矢面に立っていたジョン・シナ一人である。


2022年もプロレス業界にとことんまで傷つけられた私は、男らしさよりも優しい人間らしさを選ぶ物語『ピースメイカー』を、元WWEスーパースターにして絶対王者ジョン・シナが演じたという事実にだいぶ救われた。
ありがとうシナ。
ありがとうフルーティ・ペブルス

彼が自覚的であったかどうかは勿論わからない。自分が主演した『ピースメイカー』という作品の在りようとその方向性に対して自覚的だったとして(そもそもジェームズ・ガンオルタナ右翼が大嫌いでレスバしすぎていることでも有名なので、そこを無視するのは難しいと思うが)、WWEのリングに帰ればここが故郷、ここを一番に愛していると高らかに叫ぶ彼もまた、イチプロレスファンである私同様、引き裂かれているのだと思いたい。他の何に対しても「男らしく」鉄面の無神経であることができたとしても、その裂け目は事実として存在し、痛み疼き続けるだろうから。

 

 

一応言い添えると、『ピースメイカー』はR15作品です。残酷表現、性的表現あり。

ジェームズ・ガン特有のやりすぎで嫌~な部分もあるし、あんまり万人向けとは言えないかも。
でも上記のような「ジョン・シナ」の抱えるテーマの他、ピースメイカーの人間の友達ヴィジランテとの関係や、黒人レズビアン女性アデバヨとの友情が築かれていくようす、それにもちろんヒーローもの、SFアクションとしても面白いので、興味を持った方は是非ご覧ください。『ザ・スースク』は観ておいて欲しいけど、まあ観なくてもわかると思います。

 

www.wwe.com

※ちなみにフルーティ・ペブルスはその後、シナとコラボしている。


2023/1/6 追記1:

この記事を書いてアップして寝て起きたらビンス・マクマホンWWE復帰宣言の一報が目に入り、大変に頭を抱えています。
復帰宣言というか、彼はいまだにB株(議決権等の権利強化株)の大株主なので、自分を執行役会長に戻す+子飼いの二人を取締役に据えないとメディア関連権利の承認を通さないと脅してきた感じですね。
まあ好き勝手に戻れるわけではなく、WWE現理事会の承認も必要なのですが、理事会は例の会社の金を愛人口止めに使った件の公式捜査が完了するまでは復帰を許さない、またそもそも復帰は株主の最善の利益にはなりえないということを全会一致で確認したとのこと。となると、展開によってはB株売却があるかも……ということで、WWEの株価が急上昇!
ビンスは自分が戻るという噂で株価が上がった~と喜んでそうだなあ。違うよ。
ていうかよもやのWWE分裂もあるかという展開を元CEOというか他ならぬビンス・マクマホンが仕掛けてくるとはですよね。しかも自分の愛人口止め料がきっかけというクソさがすごいな~……。

一応念のために書いておくと、私は一時期までのビンス・マクマホンのスターピックアップのセンスやスポーツエンターテインメント団体経営者としての体の張り方等々には一定以上の評価を持っております。でももうさすがに時代遅れなんだよ。戻ってきても良いことないよ。若者文化だって全然知らないらしいじゃん(インタビューソース失念して申し訳ないが最近そういう証言があった)。

あとロック様のことも大好きですよ。でも自分が客観的には「女子供の客」に分類されるという自覚を持ってからは、私のところに降りては来ないスターとして見ています。寂しいけど仕方ないですね。プロ格に限らずスポーツはとかくそういう人が多いです。

株価の話が出たので、ついでにロック対シナ期というか、シナ絶対王者期についてもう少し補足を入れます。
当時、会場で嵐のごとくCENA SUCKSチャントが起きていたのに対し、ビンスの意向一本鎗でシナを押し通していた訳ではありません。勿論ビンスの意向最優先だったことには変わりませんけど、一応別の理由づけもあったんですよね。
LET'S GO CENAの声援も一定以上あったことからわかるように、当然ながら彼は子供たちのスターです。
女性ファンもいたけど、基本的には子供というかファミリー層の支持が絶大だったという感じだったと思います。
シナはPG13のメイン視聴世帯、つまりファミリー向けのパッケージに最適化されたキャラクターでした。
言動の安全さ、試合内容も卑怯なことや残酷なことはしない保証つき(倒れた相手にストンピングすらしないで立ち上がるのをじっと待ってるからね)。カラフルな原色Tシャツは、黒赤白のWWEロゴに華やぎをもたらします。
親御さんとしても、スリーブタトゥーがびっしり入ったランディ・オートンのおもちゃは買い与えにくいけど、その点もノータトゥーのシナなら大丈夫。
PG13企業の顔として、汚いスラングと暴力、猥雑なソープオペラ的なドラマが混淆とするスポーツエンターテインメント、かつてのアティテュード期WWEのイメージを拭い去る超健全キャラクターだったわけです。
いやまあシナもちょくちょく下ネタとか、小学生レベルのいじりとか(近年ではセザーロことクラウディオ・カスタニョーリの乳輪がでかいみたいなしょうもないこと言ってたよな……)してたし、潔白では全然ないんですけど、ともかく上にも書きましたが、アティテュード期の大人向け不健全ネタの応酬に比べたら全然マシなので……。

だから、シナがトップにいると株主も安心。WWEの株価も安定。

これですよ。ビンスの意向+株価。他の人に王者を変えると株価が……と言われ始めたのはシナの頃からだったと思う。アティテュード期でそんなこと言ってるの聞いたことなかったよ。
ゆえに、シナのアプローチ対象外にいる成人オタクからしたら、何が悲しゅうてパワハラ上司の意向+経済的理由! みたいなサラリーマン社会の縮図をエンターテインメントの場で見せられなきゃいけないんだよ……! というムカつきが煮凝りのように溜まっていくわけですよ。ふざけんなよマジで(『ピースメイカー』台無しの思い出し怒り)。


しかし今こうして時系列に沿って思い返すと、シナの子供向け路線はある意味ではトキシック・マスキュリニティ緩和路線であったとも言えるし、ロック様をそこにぶつけたのはその揺り戻しだったと感じます。その流れを作ったのは、強権的なビンスの意向と、ファンの中に強く有り続けたマスキュリニティへの渇望。地獄のホモソーシャル組織とトキシック・ファンダムが相反する展望を持ちつつも有害な男らしさ満点の最悪スパイラルを作っていたという……言葉にすると改めて嫌すぎるな。
2023年現在はどうなんですかね。
正直、2013年にクリスチャンが半引退状態になってから、それまでのように詳しくは観ていないので、その後このWWEのトキシック・マスキュリニティを巡るバランスゲームがどのように遷移したのか、語ることはできません。
女性スーパースターが「ディーバ」という名称ではなくなったり、ウーマン王座戦レッスルマニアのメインイベントになったり、時代に合わせた変革は広がっているとは思います。ただその一方で、毎年なんらかの不祥事はあるし、ビンスの件の処理はだいぶ生ぬるかったし、そのせいで復活宣言もされちゃうし、ほんと一歩進んで二歩下がるじゃないけど、常に反動の波が吹き荒れ続けている世界であることには変わりません。少し気を緩めればすぐ前時代に戻ってしまう。

だから繰り返しになるけど、ほんとこの業界を長く見れば見るほど、ジョン・シナ主演『ピースメイカー』は奇跡のような出来事に思えるのです。
シナファンや、シナの動向をもっときちんとウォッチしてきた人からすれば、もう少し違う感想も出るかもしれません。でもそういう人が『ピースメイカー』を観てここまで長々文章を書いてくれる可能性は低そうなので、代わりに書きました。
あとこのエントリでは「シナの試合は超つまらない」を前提としていますが、そんなことはない、エキサイティングだ、彼の試合こそ至高だと言うファンもいるでしょう。いるだろうけど、まあ、正直つまんないよ。他の何を譲ろうとも、そこを譲る気はないな(トキシック・オタク)。

 

2023/1/6 追記2:

上で書いたアンダーテイカーの偽物の名前、わかりました。

「モルデカイ」だ!!!!!

「アンダーテイカー 白」で検索したら出てきました。そのまんま、白い服のテイカーみたいなゴスいギミックです。
2004年にWWEデビューしたモルデカイ、あまりにウケなかったので3カ月くらいで引っ込められてOVW(当時のWWEのファーム団体)に戻されて翌年解雇。2006年に謎の吸血鬼ギミックキャラクター、ケビン・ソーンとしてWWEECWに帰ってきたものの、やっぱり1年で解雇。うーん……。
ちょっと調べたのですが、以降インディ団体で活動を続け、元祖(?)吸血鬼レスラーであるギャングレルと吸血鬼タッグを組んだりもしていたようですね。2010年以降はスポット参戦のみで、年に何回かインディ団体で試合しているみたい。
まあ端的に言って色物専門レスラーなんですけど、売り出しが派手だったんだよね。テイカーの二匹目のどじょうを狙ったものの、失敗してしまったという例でした。
でもなんかプロレスを続けているみたいで良かったな。