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今日の全日本プロレス【12.22追記】

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12月16日、大変久しぶりに全日本プロレス後楽園ホール大会に行きましたので、雑感などを書いておこうと思います。タイトルの読みは「こんにち」の全日本プロレスです。

そもそも1月の杉浦貴反ワクチン陰謀論民族差別ツイートRT、武藤敬司週プロセクハラ記事、2月の武藤敬司性差別大肯定発言と、わたくしの日本プロレス界のイチ推しが在籍している団体で地獄みたいな出来事が連荘で起き、抗議の意をお伝えした上で既にFCで購入していた3月チケット分4万円↑分返金処理、そしたら3月にその私のイチ推し選手こと潮﨑豪長期欠場決定、そもそも夏場は1日5千人のCOVID-19感染者数を叩き出し、自宅待機死亡者の続出した悪夢の2021年、私は2月のノア武道館を最後に生観戦に行っておりませんでした。
潮﨑復帰にあたり、今月12.5名古屋から観戦復帰はしたのですが、この辺の心の整理に関する話も年末おいおい書いていこうと思います。
とりあえず、今は全日本プロレスの話を書くね。

 

12.16のチケットを買ったのは、11月半ばゼウス選手が年内で全日本プロレス退団、大阪プロレス社長就任決定とのことで、12.16が所属最終興行になるとの発表があったからでした。秋山準退団以降、全日本プロレスへの興味というのものは下がる一方で、一応配信の全日本プロレスTVには今も入っていますし、気になる試合があればそこだけ拾って観たりはしていたのですが、とにかく前半の試合の「いなたさ」が苦痛すぎて、5000円以上払ってフルで観戦するのは嫌だな……という気持ちになっていました。なんかさあ、「明るく楽しく激しく」を根本的に履き違えているでしょ。
今の全日本のカードや展開を差配している人(誰だかわかった上で伏せて書く意味ないんですけど)、本当にセンスが前世紀で止まってますよね。
そんなわけでまあ、あんまり気乗りはしていなかったのですが、(潮﨑に思い入れがある)ゼウスさんには(潮﨑ファンとして)思い入れがあるので、最後は見届けたいなとチケットを購入したところ、なんとその後追って野村直矢岩本煌史の二選手も退団を発表。3人まとめての合同卒業式みたいな興行になってしまいました。

脱線しますが、私が全日本プロレスを観始めたのは、2012年のことです。
そもそもプロレス自体を見始めたのが2009年で、その後、体系的に過去を遡って試合映像を観て資料を漁ったりしたので、知識面での蓄積はありますけど、当然現場の空気とかは知らないです。学生時代にアティテュード期の深夜放送WWEWWF)は観てましたけど、試合をちゃんと観ていたわけではないですし、格闘技面白いな~と思ったのはその後のPRIDEブームの頃ですね。ヒカルド・アローナを好きになって、彼が無差別級で二年連続優勝した頃のアブダビコンバットの映像とか探して観たりしてました。
その後特にプロレスに縁無く生きていたのですが、2008年ごろ、突然漫画の『キン肉マン』にハマりました。で、2009年に「キン肉マニア2009」という、プロレスラーがキャラクターのコスプレで試合をするイベントがありまして、当時親友と二人で観に行ったんですね。北の湖が目の前に座っていました(作中ちょっと出てくるんですよね)。で、まあ、プロレスを生で観て、こんなに面白いことがこの世にあったのか! というレベルで驚き、そこから急転直下でプロレスの世界に飛び込んで、今に至ります。キン肉マンのあとすぐ行ったのがWWE日本公演で、それでクリスチャンを観て一目惚れしたので(アティテュード期観ていたはずなので二目惚れですかね)、最初はずっとWWEアメリカンプロレスを過去も含めて追って深掘りしていき、次第に海外選手がゲスト招聘される日本の団体の興行にも行くようになった…という流れでした。私のオタク来歴とかどうでもいいとは思いますが、長文で書く機会も無いので書いておきます。
最初に行った日本の団体は、ノアです。一人で行きました。ノアなんですけど、あのー、多分団体史に残るクソ興行回だったんですよね。2010年の金本・タイガー組がメインに出たやつ、と言えばわかる人はわかると思いますが、客席が荒れ狂いすぎて、試合終了後も選手が宥めに残ったりしたやつです。死ね死ねぶっ殺せの野次大合唱がすごかったですよ。通路に立ってる客いっぱい居たし。日本のプロレスってゴミみたいな環境でやってるんだなって思いましたけど、あれは特殊な状況だったんですね。クソの鬼引きをしてしまいました。ちなみにその時の目当てはクリス・ヒーロー&クラウディオ・カスタニョーリ(現セザーロ)のKing Of the Ringでした。当時ROHのスター選手だったんですよね。CZWでハードコアなんかもやってて。とにかく最初がクソだったので、その後しばらく行きませんでした。次にノアに行ったのは2011年4月のGTL後楽園ホールですね。KORが震災すぐにも関わらず来てくれたので嬉しかったのです。その時は普通の良い空気だったので、めちゃくちゃ安心しましたよ。怖かったもん。これだったらとその後も海外選手目当てにぼちぼち行くようになりました。
とはいえとにかくこの頃は日本の選手に興味がなかったので、元WWEスターをよく呼んでいたSMASHを定期的に観に行くようにはなりましたが、ゲスト次第なので団体を追って観ているという感覚はあまりありませんでした。当時SMASHでMAZADA選手を観て、こんなに試合が上手い日本人選手がいるのか~と思って愚連隊興行とかも行くようになったり、基本的に日本のプロレスへの興味はインディー方面から広がって行った感じですね。ハードコアが観たくて大日本もかなり行ってたけど、きっかけが思い出せないな。友達に勧められたからだった気がします。

新日本プロレスには、レッスルキングダムにテリー・ファンクを、後楽園ホールにはアレックス・シェリーを観に行きました。シェリーの本格参戦は2012年頃ですけど、その前のスポット参戦の時が最初かな? TNAの名タッグ、モーターシティマシンガンズの正パートナーであるセービンが怪我で長期欠場したのをきっかけに彼と別れ、KUSHIDAにセービンと同じコスチュームを着せ、同じ技を使わせるシェリーの魔性の…何? 魔性のなんかっぷりに戦慄しました。こええよ。自分はMCMGは終わったんだ…って言いながらコスチューム売ったりしてたのによ。のちのちセービンも元気になり、最近になってモーターシティマシンガンズも復活したのはとてもとても嬉しかったけど、セービンの心は広いですね。2008年くらいの頃、TNAでシェリーの我儘に他のロスターが迷惑してるのにセービンが野放しにしすぎているのでむしろセービンに恨みが集まっているという謎のバックステージリークがありましたが、マジでなんだったんだろうな。メリーナの我儘にみんな迷惑してるのにモリソンが野放しにしてるから云々と完全に同じ構図なんですけど(これは2010年くらいのWWEの話)。彼氏扱いじゃん。
ただ変な話……というか今の私の指向から考えると当然かもしれませんが、新日本で観た他の試合のことは、ゲスト参戦していた丸藤のことしか覚えてないんですよね。上手いな~っていう。クリスチャンもMAZADAさんもそうなんですけど、この頃の私は上手いな~っていう評価点しかなかったっぽいですね。

で、いわゆるメジャー三団体で最後に行ったのが、全日本プロレスでした。
2012年のケビン・ナッシュがゲストで呼ばれた横浜文体ですね。一緒にキン肉マニアを観に行ってプロレスにハマり、この頃すっかりケビンファン(というかショーン・マイケルズのファンで、ショーンが一番好きな人がケビンだからケビンも大好きというファン)となった親友と一緒に行きました。目の前に座っていた諏訪魔ファンのご家族の観戦態度が最悪で、子供が振り回した物が親友の顔に当たったりしたのをよく覚えています。でもケビンが本当にかっこよくて、すごく高さのあるサイドウォークスラムをきちんとやってくれて、その後あんなにちゃんと動いてるの観たことないレベルだったので、気合入れてくれたんでしょうね。親友ともども、この時彼を呼んでくれた白石マネーには頭が上がらない気持ちがずっとあります。
まあそれはともかく、この日観た大和ヒロシ佐藤光留諏訪魔船木誠勝が本当に面白くて、プロレスに対する意識が一新されるような感覚を持ち、「こういう試合がずっと観たかったんだ」と思いました。初めて本当の意味で、日本のプロレスに興味を持ったんですね。それが私と全日本プロレスの関わり合いの始まりです。こんな試合がいつも観られるなら、通って観たいと思いました。今思えばなんて幸福な出会いなんだろう。SUSHIとBUSHIが出てきて、どっちがどういう何? と訝しく思ったのも覚えてますよ。

それで通い始めたら、2013年1月の大田区大会でバーニングの5人が参戦の挨拶に来まして、私はそれまで何回かノアで潮﨑を観ていたはずだったんですが、スーツでニコニコ笑っている彼を観て二目惚れしてしまい、これは本当に自分でもびっくりしました。ノアで笑ってるとこ観たことなかったからなのかなんなのか、全然わかりません。ノア時代、自分の試合が終わった後も廊下で他の試合見ている潮﨑を見かけて、真面目な人だな…と思った記憶だけはあるんですが。
それでもうあとはズルズルで現在に至ります。
潮﨑豪という選手のファンになってしまったので、彼を知るためにはノア、全日本プロレスのレガシーをきちんと知らねばならない、という向学心が沸いて(オタクだから)、やっぱり過去の試合を観たり資料を漁ったりするようになったので歴史を体系的に喋ることもできますが、私の2009年以前のできごとに関する知識は全て「勉強したもの」です。でも、そんなん全世界の歴史学者も一緒だろ。後追いは推定の確度を上げて行くしかないんだよという気持ちです。


長々と書きましたが、要するに2013年初頭からの全日本プロレスは、私が初めて意識的に、リアルタイムで団体の動向を追いかけて観ていた日本の団体で、その中でも潮﨑豪が在籍した2013-2015年の3年間には並々ならぬ思い入れがあるということです。

 

話を戻して以下12.16の各試合感想を書きますね。いつもいつも前置きが長いんだわ。

第1試合 土方隆司&SUSHIvs 植木嵩行&立花誠吾

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土方先生、いつ観てもそんなにコンディション変わらなくてすごいですね。
おすしさんはますますヘビー級としての貫禄がついていた。
土方先生以外みんな「一芸」の人なので仕方ないのですが、順番に一芸を出していく感じで散漫な試合だったな……。

第2試合 TAJIRI&大森北斗&土肥こうじ vs 芦野祥太郎佐藤光留&田村男児

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2021年のプロレス界を語る時、いくつかあげられるテーマのうちのひとつが「佐藤がなんかかわいそう」ではないだろうか。
DDTから譲り受け、佐藤が個人の趣味や希望、野心を叶える団体として実績を積み、評価も上げて来た興行「ハードヒット」。プロレスは格闘技であるというテーゼ、レスリング技術への本質回帰、「強さ」の追求、そしてそのうえでまたすべての格闘技を包括できるのが「プロレス」である、といったような思想のもと作られたであろう(あんまり真面目に追ってないのでそういう認識です)ハードヒットで採用されたルールのうちのひとつがUWFルールであった。今時UWFをやる! というハードヒットの売りは、同時に信念であり誇りに直結したものだった。
2021年、その「今時UWFをやる!」というコンセプト丸ごと頂きの団体が急に立ち上がり、きれいなポスターやグッズ、オシャレな雰囲気の興行でタコ殴りにしてくるとか絶対誰も予想だにしませんでしたよね。佐藤のTwitterでの宣伝なんか、本人が作ってる雑コラじゃん。ハードヒットもさすがにメインポスターはプロの仕事だろうが、趣味感が強すぎるので万人に開かれている感じは全くない。佐藤が着物着てたらなんなのっていう。身内感がすごいというか、すでに全日などで佐藤の試合を観て、佐藤を信頼している客しか来ねえし喜ばない環境ではあるものの、でもそれでもじりじりと評価と知名度を上げて頑張って来たんですよね。でもあくまでじりじりだったから、急に広告クオリティと物量をぶつけられたらさあ……。
有望で見栄えのいい若手もぶっこ抜かれ(HEAT-UPのだが)、コンセプトも頂かれ、怒れる佐藤と周辺関係者だが、何を言っても大体「アングル」として吸収処理されている現状は広報蟻地獄のようだ。対抗戦出てたらね、まあ、アングルかなって思われちゃうよね。でも対抗戦出る以外どうしろというのだろうか。マスコミ戦略でねじ伏せられている感がすごい。2021年、こんなことが起きるとはお釈迦様も青木篤志も思うまい。

ていうか、今時UWFスタイルを標榜する意味ってなんだろう。マジで。

GLEAT側としては田村潔司ありきのコンセプトなのだろうが、現在の田村潔司は別に試合をするわけではないので、田村潔司の本意、理念をリングで直接確かめることはできないのである。
ブランドコンセプト頂きとは言ったけど、UWFルールをやってるだけで、真実、心の底から「プロレスは格闘技であり、かつまたすべての格闘技を包括する上位概念となりえるのだ」的なことを信じているようにはあんまり見えないですよね(Uオタの田中稔、飯塚優の二人は掘り下げたらそういうことを思っているのかもしれないが)。
UWFルールに内包された「思想」が、ハードヒットの枠を超えて業界に広まって行ったのなら、それはそれで幸甚なのでは? と考えても良いと思うが、そういうことをやり続けて来た経験値の部分でどうしてもハードヒットより実力部分で落ちてしまうわけで……それを「これが現代のUWFスタイルを代表する団体だ」とかりにバーンと売るのはやっぱり……難しい気がしますけどね……。
そういう中身の歩調がいまいち揃っていないところを、パッケージの美しさや、対抗戦と称してハードヒットを取り込むことで補強するGLEATのやり方、なんていうか……悪意とか全然ないの、わかりますよ。でも、佐藤がなんかかわいそうだ。

私はハードヒットの興行を真面目に追ってませんし、別に味方でもないです。元性犯罪者とか呼んでた時は最悪だなと思いました(クインテットも)。犯罪者の更生後の社会的ケアみたいなことは別議論として重要とは思いますが、性犯罪者が表舞台に出ることで、今も市井に生きている被害者への二次加害になるとか、まああんまり興味ないし大したこともないと格闘技界の人は考えているんでしょうね。マジでよくないですよ。
GLEATも仏作って魂入れずでは困るけど、形から入っていつの間にか魂が宿る場合もあるでしょう、とは思ってます。
とはいえ、新日本のストロングスタイル対するアンチテーゼとして生まれ、総合格闘技の隆盛によってアウフヘーベンされていった、時代のあだ花としか言いようのないUWFを今やる理由とは? 正直あんまりピンと来ません。今のプロレス界自体が、過去行われたようなアンチテーゼを必要としているようにあまり思えないので……。

プロレスは格闘技だ! という思想それ自体は、新日本が異種格闘技路線からの暗黒期を経て急速にWWE化したあたりでは強いアンチテーゼになったと思いますが、完全に「そういうもの」として定着した今は、すでにそういう段階でもないような気がします。どうなんですかね? 現在の新日本を観ても、ストロングスタイル最強! みたいなことを思ってる客はごまんといるのは知ってますけど……なんかもうその辺のタイプを相手にアンチテーゼを張っても発展性が無いように思える。誰かが言っていくことが大切なのもわかりますけどね……しんどいけど……。
そうなると、ハードヒットのUWFルールがどうと言うより、そこに込めた戦闘的な思想自体が、今や理解されづらく、キャズムを超えて広がらなかった一因となっているのではないだろうか。GLEATはしかし、その戦闘姿勢を持たないことで容易にキャズムを超えるだろう。キャズムってもう死語か?

あるいは、現代のプロレス界が将来の発展のため本当に必要としているアンチテーゼはなんなのか?ということを突き詰めたとき、初めてこの話が枠を超えて広がって行くのかもしれませんね。

いやまあ、思想とかなくてUWFが好きなだけ、それだけでもいいとは思いますけどね……。でもそれを武器に戦ってきた人達からそれを取り上げて、飾りにされちゃあ、まあ揉めますわよね。この話、どう決着がつくのかマジでわかんねえ。来年なんとかなったりするのかな。
というかアレですよね、さっきSMASHとか書いたので思い出しましたけど、佐藤さん、SMASHの後継団体となったWNCで、華名さん(今や世界のASUKAである)への賃金未払い事件があった時、「この世界ではこういうことはよくある。夢を与えるために戦っているのに金でグダグダ言うのは器の小さいやつだ」的なTAJIRIさんの論調に同意してましたよね。自前の興行抱えた今はどう思ってらっしゃるんでしょうね。
ハードヒットに参戦してくれている選手に未払い、できますか?
絶対できねえだろ?
この辺はきっと考えを改められたことと思います(今も未払い上等だったらもう知らんし、かわいそうだと思うのも全部撤回します)。

そんな風に色々あってこじれまくってる佐藤だが、田村男児が北斗から直接勝利して本当に嬉しそうだった。さすがの私もいいことあってよかったねの気持ちだ。盟友青木篤志への思いを胸に、(概ね悪い方へと)変化し続ける全日ジュニアに居続ける佐藤にとって、田村の存在はかすかな希望だと思う。青木と共に育てたEvolutionの若手、岡田はすでに団体を去り、野村もまたこの日去って行く。田村はまだ居る。全日本で頑張ろうとしてくれている。いつも第2試合くらいで、テーマを見出しにくい6人タッグばかり組まれているのに。

コロナ禍において試合数が少なくなった全日本プロレスは……いや、そもそもコロナ前、現体制下となってから明確にその兆候があったが、ジュニアヘビー級不遇の方針を定めて邁進してきた。
去年ついにジュニアタッグバトルオブグローリー(ジュニアタッグのリーグ戦)が不開催となり、佐藤がハードヒット預かりでワンデイトーナメントを開催した時は、本当に辛くて会場で泣きじゃくってしまった。こんなことで客を泣かすな。

普段6人タッグばかり、試合でリングに出ている時間も5分未満な若手のジュニア選手達が、時間制限目いっぱい引き分けまでやって、大汗をかいて躍動していた。みんな、こういう試合がしたかったんだという強い強い思いが爆発しているのを感じた。
なかでもそれが顕著だったのが田村男児だ。田村は明らかに怒りを露わにしていた。普段はニコニコ、とぼけてどこか茫洋としてさえ見えるような雰囲気の彼が、怒りの神経電流で火花が散るのではないかというほど殺気立っていた。
「まともな試合」を渇望していたのだ。

このままの体制が続くなら、本当に田村がかわいそうだ。
去年、生え抜きの岡田が退団した理由は明白だ。まともな試合が与えられなかったからだ。あんなに(退団後青木と試合をするために出戻った)鈴木鼓太郎を批判していた彼が、全日本プロレスを辞めるという選択肢を選ぶなんて。
最初に書いておくが、私は基本的にプロレスにおける入/退団は労働問題だと理解している。私は労働者であり、企業ではない。それゆえ、労働問題において、労働者と企業では労働者の方に私は付く。賃金や労働環境の改善が無いのに、遺留要請されても困るでしょう。
残った選手たちをどうか大切にして欲しい。みんなそれぞれに耐えている。今回、メインイベント後の青柳優馬によって名指し批判された背広組には、少しでも良い環境、彼らが快適に試合できる環境を用意できるよう努力する義務がある。それがあんた達の仕事の本分だ。

 

第3試合 ジェイク・リー羆嵐児玉裕輔 vs 渕正信&斉藤ジュン&斉藤レイ

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渕さんに何度心を救ってもらっただろう。
分裂、大量離脱、団体の屋台骨を揺るがす出来事が起きた時も、渕さんはいつも変わらずリングに居てくれた。
馬場さんと鶴田さんを誰よりも愛し、生涯全日本を貫いている渕さんだが、去って行った者たちに対しても常に一定以上の理解を示し、それぞれの道を選んだことを応援してくれているということが何よりありがたい。優しいという以上に、ある種運命論者的な思考を感じるが、これまでの経歴を思えばそれはそうなるだろう。
渕さんの心を思えば、退団者に石を投げんとするファンは無粋である。とりあえずお前ら全員渕さんの名著『我が愛しの20世紀全日本プロレス史』を読め。Kindleですぐ買える。

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第4試合  世界ジュニアヘビー級選手権試合

【第58代王者】イザナギ vs 【挑戦者】スペル・クレイジー

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誰だ、このカードをタイトルマッチにしたやつ。今時クレイジーに世界ジュニア持たせようと思ったやつ。一人しかいないのはわかっているが、あえてマジでどこの誰なんだと言わせて欲しい。ECWオリジナル、なんかいつもバルコニーから飛んでるハードコアなハイフライヤー、という彼のブランドパワー的なものは現在の全日本プロレスの客にどこまで通用したのだろうか。ゼロ年代なら響きまくっただろうが、さすがに2021年の今日はあんまり通じてなかったように見えましたけど。
ECWオリジナルであるということは、言ってしまえばすなわち20年前が全盛期だったということだ。技は出せる。ムーンサルトも場外ケプラーダもできる。この年齢このキャリアでそれは立派だ。でも、足が遅いよ~~。走れてないよ~~~。さすがに無理があるよ~~~~。
プロレスは、決められた時間内ずっと全力の短距離走をし続けるスポーツでもある。走れず、スピードを乗せた踏み込みができなくなった時、グラウンド以外の技の威力はほぼほぼ半分以下になる。だから年齢が上がり、速度が落ちる前に、グラウンド主体の技を身に着けたり、代替になるムーブを探すんですよね。
さすがにもうそんなに動けないクレイジーに対して、古典的介入型ヒールムーブで間を持たせ、なんて悪いやっちゃと丸め込まれて負けたイザナギさんにはご苦労様でしたという感想しかない。酷い役割だ。
古典的と書きましたが、この悪いことをするヒールレスラーをやっつければその試合はめでたしめでたし、という筋書き自体が、かなりカビ臭い古びたものですよね……。


巨人、ジャイアント馬場が創設し、ヘビー級の大きさ、その迫力を一番の売りとしてきた全日本プロレスにおいて、ジュニアヘビー級は常にアイデンティティの確立が難しかった。かつては、というかそれこそ渕正信絶対王者であった時代は、技術を見せる事が一義としてあったと思われるが、理念の継承は武藤全日本時代を挟んで一旦途切れているし、もうよくわからない。
2014~2019年の5年間、全日本プロレスジュニアヘビー級における思想的イニシアチブを握っていた青木篤志は「全日ジュニア」のブランドを作らねばならないというようなことを言っていた。だが、実際それはどんなものを指していたのだろうか。技術がしっかりしていることは当然求められるとして、青木篤志にとって、いかなる試合こそが「全日ジュニアの理想の試合」だったのだろうか。自身が鈴木鼓太郎とやるような試合がそうか、と問われたら青木はNOと答えたと私は思っている。アレは二人の古巣「ノアジュニアの試合」だ。「ノアジュニア」はかつて丸藤が「ノアのジュニアは最強です!」と言った瞬間、そういう一枚看板として誕生した。この金看板の名前からイメージされる試合内容は、多くの観客の間でそう大きなブレはないだろう。そこにはすでに確立された世界観がある。そうではないものを青木篤志は求めていたはずだ。彼はそれを模索し続けていた。青木自身にも、明確な答えはなかったのかもしれない。だが、青木はきっとどこかにある、いつかたどり着けるはずの「全日ジュニアの理想の試合」について、考え続けることを止めていなかったと思う。『銀河鉄道の夜』の、「そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうの神さまです」だ。言葉では語りえぬ神もいる。
私見を挟むと、ノアと全日の大きな違いは、家族的な絆と信頼を持つ者同士が作る世界観か、異なる出自の者たちがお互いの個性を認め合った世界観かということになると思う。ノアは「同じ釜の飯を喰った」四天王プロレス期を支えた人間達によって創られた団体であるためか、生え抜きはもちろん、初めは異なる出自を持っていた者たちも次第に家族的な絆を形成し始める土壌がある。
だが彼らの派生元であるはずの全日本プロレス本体にはそういった家族的な空気はあまりない。四天王時代がやや特異だったのだと言ってもよいのかもしれない。かつて大型外国人が何人も招聘された頃、十全なコミュニケーションは無くともジャイアント馬場という偉大なるプロモーターへのリスペクトの下、ビジネスへの愛情を前提に素晴らしい試合をしていた「あの感じ」、すなわち異質な者同士の信頼関係の空気が連綿と続いているように見える。
同質化の傾向が強いノアと、多様性を維持したままの全日本。
どっちがどう、と言うのではなく、両団体は同じ全日本系列であり試合自体の質や目指すところは似ているが、そもそも形成されていく人間関係の質が違うのだ。よって、青木篤志の理想を推測することは難しいが、かつての在籍団体のようなものは、ここでは作りにくいということはわかっていたのではないだろうか。とすれば、どんなものが彼の理想だったのか?
イザナギこと丸山敦は、青木篤志の死後(死後とか書きたくないですね。死ぬなよ青木)、青木さんの考えていた全日ジュニアとは違うものを目指している、と言い、重ねてそもそも「全日ジュニア」というものは無いのではないか、そういった一枚看板を付けること自体が違うのではないか、というような話をしていた記憶がある(ソース未確認で申し訳ないが、週プロか団体パンフかどっちか)。
多様性の維持、という意味では、もしかしたら丸山敦の方が案外本質を突いているのかもしれない。
丸山敦には丸山敦のジュニア観がある。
まあそれはいいんですけど、今回のこれは違うよね、イザナギさん……。

 

第5試合  岩本煌史所属ラストタッグマッチ

岩本煌史&ブラックめんそーれ vs 青柳亮生&ライジンHAYATO

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岩本煌史という選手への感情の乗せにくさは謎だった。
名古屋のローカル団体出身で、順調に経験を積んでその実力を見出され全日本プロレスに正式入団するに至った彼は、シンデレラボーイの枠に入ると思う。
……のだが、個人的にはなんだかずっと、「名古屋から来ている若手」の印象が抜けなかった。頑張ってると思っていたし、試合内容も嫌いではないし、特にジェイクとの身長階級差タッグは面白く観ていた。でも個人としてはなんとなく気持ちを乗せにくかった。全日所属のジュニア選手として応援するというより、名古屋から来たインディーの良い選手を応援しているのだという気持ちが消えなかったのだ。それは入団してもコスチュームも髪型も何ひとつ変えないんだもん、という見た目の話も大きいが、言動も常にマイペースで、心に残るような発言、引っかかりのある行動などがほぼ無かったのもあるだろう。思い返せば色々してるのに。団体の看板を背負う覚悟や苦悩というものが……無い訳ではないだろうが、例えばベルトがドラゴンゲートに流出した時の、横須賀ススム戦前後もなんだか冷静に感じられた。横須賀ススムに全ての進行をゆだねてしまっている感じというか。この辺は団体の差配も影響してくることなので、一概に彼一人の責任ではないだろうが。
外様から来て、キャリアはまだまだ浅く、試合はクールなカウンター型、言動もマイペースではまあ、本当にただ単純に気持ちが乗せにくい。難しいキャラ選びをしちゃったな、という感じだ。
ただそのキャラ選びというか、端々から感じられるクールさの理由の一端が、今回の退団会見や、そのあとの日記などでわかった。目標がきちんと設定されていたからだ。彼は、30歳までプロレスに身を投じて、その時自分の立てた目標をクリアできていなかったら継続しないと決めていたのだそうだ。キャラではなくて、もともとクール、クレバーな人なのですね。マイペースに見えたのは、自分の歩調を常に調整していたのだとわかった。突然走りだしたり、道を逸れたりはしない堅調さ。
そして、彼が自分で設定した目標はなんだかわからないが、とにかくクリアはできなかったという話だ。目標を常に見続けていた彼は、逆に言えば目標の外側にある様々な…雑多だけど重要なものを、いくつも見落とさざるを得なかっただろう。

青木篤志は(とまた青木の話になってしまうのだが)、困っただろうな……というのが岩本くんの退団会見で目標云々の話を聞いた時の感想だ。
青木は、例えばピュアにプロレスへの憧れをもってこの世界に入った選手を標的にした時は特に舌鋒鋭く、熱意だけじゃプロレスは良くならない、もっと考えてやらなきゃダメなんだ的なことを言い続けていたが、岩本くんは熱意だけでなく、色々考えた上であえて社会人を辞め、この世界に入って来た人である。考えているのだ。「もっと考えろ」は使えない。だから青木が「全日ジュニア」を作り上げるにあたり、所属となった岩本煌史を格上げせねば、というタームに入った時、まるで謎かけのようにマスクマンと化していたのは「気づけ」のメッセージだったのだと思う。考えているなら、気づけ。まだ気づいていない大切なことに、気づけ。

いやわかんねーよ!
なんでマスクマンになってんだよ!

……と、私が岩本くんならそう思うだろうし、事実、あんまり青木の意図や思いは、それが実際のところなんだったにせよ、伝わっていなかったと思う。
繰り返しになるが、青木篤志は一体、どのような選手とどのような試合をすることを目指していたのだろうか。彼が理想とする全日ジュニアのラインナップはどんなものだったのだろうか。その中に、岩本煌史はどのようなポジションとして居たのだろうか。今となっては何もわからない。
青木の「理想」に関して、私の予想を少しだけ書くと、高い技術やプロフェッショナルとしてのふるまいがあるのはもちろんながら、「乱調の美」のようなものを探していたのではないかと、勝手に思っている。プロレスが包括する様々な要素の中から、思いがけないようなケミストリーが生まれないだろうかと、試合をしている当の自分が驚くような何かが起きはしないかと、そう望んでいたのではないかと思う。鈴木鼓太郎との試合は完璧で、両者技術も高く、激しく、誰がどう見ても素晴らしいものであったが、しかし到達点もまた見える範疇にあるものだった(事実、北本での試合はひとつの到達点だっただろう)。そうではなく、予想を裏切り、かつ調和するようなもの……そういった試合を、それができる相手を、探していたのではないだろうか。
これは巻き込まれてやることになってしまった電流爆破戦の後、予防注射が終わった後の柴犬みたいなショボショボ顔になっていた青木の写真を見た時に考えたことだ(気持ちとしては嫌だけど、付き合いもあるしもしかしたら何か閃きがあるかもと思ってやってみたんだろうなって…)(そしてこれは違うなと思ったんだろうなって…)。

岩本煌史は自身の設定した目標のクリアには至らず、一旦レスラー業を休業することを決定した。上述の通り、彼の設定した目標がなんだったかはわからない。
この1年ばかりの、無差別級に挑戦するという流れもなんだか不自然で、会社のジュニアヘビー級への不遇が彼の進退を直撃したことは間違いないだろうと感じる。彼の関門であり、壁であった青木篤志の逝去、彼を入団させた秋山準の退団と、不運も重なった。そういったものを耐え、自身の設定した目標という枷を跳ね返してまでこの業界にしがみつきたいと思えることが、キャリアの中で生まれなかったのだろう。
例えば彼に、観ていて面白い関係性のタッグパートナーなどがいればもっと観客の反応も変わっただろうなあ。素の会話とか笑顔が大変魅力的な人なので、そういうところを引き出してくれる選手が横にいればね……。でもそういうのって全部巡り合わせだし、目標を作ったところで得られないものですしね。

そういう意味でも、まあやっぱりこの、青柳亮生&ライジンHAYATOというタッグは本当~~に素晴らしいので、絶対売れてくれ~~~~~と思うのですが、第4試合で世界ジュニア王座の権威がどん底に落とされた後なので、その輝きさえもただただ辛かったです。ああいう王座戦を良しとする団体にこんなデキる可愛い子達は勿体ないよ! めんそ先輩もそう思いませんか? という気持ちです。ジュニア不遇マジでやめろ。青木が浮かばれない。

 

第6試合  ゼウス全日本プロレス卒業マッチ「人生は祭」

ゼウス&諏訪魔宮原健斗 vs 石川修司大森隆男&本田竜輝

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『人生なればこそ 一回きりの祝祭』という寺山修司のエッセイがある(読んだことはないが)。
この試合に関して言うことはあまりない。
というかですね、ゼウスさんが最後に観客に向かって「自分が怒られるから」と言いながらワッショイ唱和を要請した件で、なんか諸々の思い入れがスーッと消え失せてしまいました……。団体が感染症対策を一生懸命やってる意味をわかっていない人が、プロレス団体の社長になって大丈夫なんですかね。万が一クラスターが発生したら、ゼウスさんが「怒られる」くらいで済むことではないんですよ。
ゼウスさんも割と早い段階でCOVID-19に感染していたはずですけど、無症状感染だったからあんまり実感がないのかな。なんかほんとげんなりしてしまった。
一部の客もノるな。

 

第7試合 野村直矢所属ラストスペシャシングルマッチ

野村直矢 vs 青柳優馬

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このカードは、三冠戦であるべきだった。三冠戦でしかありえないはずだった。

野村直矢青柳優馬は、2013年の分裂騒動以降、動員低迷が続いた全日本プロレスの希望だった。未来だった。いつかこの二人が三冠戦に挑むのだと、そしてこの二人同士の三冠戦が実現するのだと、あの時残った数少ない観客の誰もが――そう、誰もが――二人の将来に夢を抱き、成長を見守るために会場に足を運んだ。
どんなに激しく素晴らしい試合がリング上にあっても、動員が伸びない。
そんな日々が続けば、客も不安になる。自分達が面白いと思って観ているこの素晴らしい試合は――客観的に見ると、もしかして素晴らしくないのか? と。
勿論そんなことはないし、自分の感性を信じろとしか言えないが、そういう不安感が漂っていたのは事実だ。客入りだけを根拠に全日本プロレスをバカにしてくる別団体ファンに憤る時、とはいえ何故? と不安を覚えなかった全日ファンがいるだろうか。それゆえ当時のファンダムは苛立ち、ひりつき、ちょっとした煽りに右往左往して選手を責め立てさえした。会場に足を運べば、当の選手達の素晴らしい試合によって絶対的な満足を与えられて帰路につくことができるのに。
内部の人間の焦燥はいかばかりだったろうか。激しい試合をしても、クオリティの高い試合をしても動員が伸びない。概ねにおいてチケットの売れ行きというものは、営業と広報とマスコミの問題だ。しかし分裂後、人手も営業ルートも資金も何もかも手元に残らなかった全日本プロレスには(借金はあった)、まったくその辺を仕掛けていく余裕がなかった。パンフレットの選手紹介がアー写ですらなく、なんかの画面キャプチャだったことも一度や二度ではない。しかも解像度が低いんだよ。悲しすぎる。そんな状態で、なんとか団体を存続させていただけ立派とすら言える。
いずれにしてもリング上は常に面白く、熱く、激しく、クオリティが高く、地方大会でも手抜きはなかった。選手に動員に関する責任はないと明言できる。当時と今で選手主導の話題作りのキャッチ―度がどちらが高いかと問うても、実際大して変わらない。だが、矢面に立つのは選手である。

団体がそんな状態の中デビューした野村、青柳は一体どのような気持ちでこのキャリアの最初の数年を過ごしていたのだろう。不安がなかった訳ではないだろう。だが、彼らは付いて来た。当時道場長を務めた青木篤志による鬼の指導で、次々と(というほどたくさんはいなかったが)他の入門者が脱落していく中、特に格闘技系の部活経歴などを持たぬ二人はアマチュアレスリングの基礎部分から地道に学び、時に青木の長時間説教を食らいながら成長していったのである。
このブログで何度か書いているような気もするが、かつてジャイアント馬場は、若手の育成は守・破・離を基調とするものだと語っていた。野村と青柳の二人は、この育成方法にぴったりと沿った成長を遂げた。まだ「守」の段階で大日本プロレスやW-1との対抗戦に連れ出さざるを得なかったのはあまり幸運とは言えなかったが、それさえも今は大きな糧となったと言えるだろう。
野村と青柳の二人は、全日本プロレス道場長青木篤志、そして社長秋山準がゼロから作り上げた作品だ。2013~2019年の5年間、全日道場はこの秋山-青木ラインを中心として指導を行っていた。プロレス団体における道場は、将来のスターを生み出すという10年先、20年先を見据えた設計思想が必要だ。秋山にはジャイアント馬場から受けた指導の経験と、時に三沢光晴の相談も受けていたノア時代――幾人かの育成を果たし切れなかった――を経ての反省と改善点を加えた育成ノウハウがあり、青木には積み上げられたレスリングの経験とロジックがある。
ジェイク・リーもこのラインナップに加えて当然とは思うが、彼は一旦デビューして戻って来た上に総合格闘技の経験もあるため、ゼロからのスタートではなかった。本当にまっさらの素材を一流のプロレスラーに育てあげたという意味ではやはり、野村と青柳なのだ。

2019年、青木篤志がバイク事故で逝去し、2020年、秋山準全日本プロレスを退団した。二人はもういない。そして今また、野村直矢が去っていく。

野村は、野村だけはなんとしても遺留するべきだった。野村はこの約2年前、首の怪我で長期欠場に入っていた。かなり深刻なものであったらしく、本当に復帰できるのかどうかもわからないまま、リハビリに励んでいたようだが、とにかくこの空白期間のことは何もわからないに等しい。Twitterアカウントの更新は止まり、2週間にいっぺん更新される「プロレス/格闘技DX」の野村日記には、お天気と飯のことしか書かれなかったからだ。いずれにせよ、秋山去りし後、新体制となってからの全日本は野村にとって距離のあるものであったことは間違いないだろう。LINEのグループとか入ってなかったんだろうな。2015年~16年前半のEvolution加入時、あまりに口下手な野村を見かねた青木と佐藤が3人のグループLINEを作り、ヒールっぽい罵倒の仕方を教えようとしたらしいが(余計なお世話)、そういうやつ、なかったんだろうな。野村は欠場前「陣」というユニットに入っていたはずだが、いつの間にか「陣」もなくなってしまった。外部からの加入者である2AW吉田綾斗の反応を見るに、どうも事前連絡とかなくうやむやに解散したっぽいし。グループLINEくらい作れよ。報連相しっかりしなよ。マジで。
この試合前、青柳はインタビューで「陣加入が野村さんの破滅の道だったんでしょうね」などと怖い単語選びをしていたが、まあ単純にそういうフォローアップから切り離されるぞ! という話だったんじゃないかと思う。フォローアップが絶対必要な人格なのに、野村くん。
ともかく、この2年の間に野村の心は全日本プロレスから離れ、そして「新しくやりたいことを見つけた」のだそうだ。それが退団理由だと。
全日本プロレスは、自団体で野村の夢を叶えることを約束できなかったのだろうか。
まあそれがラーメン屋さんになりたいとか、カップケーキ屋さんになりたいとかだったら困るだろうが、それでも会場内で販売したり通販できるようにするから! とか言えなかったのか? 方便でもいいから言っておけよ。フィナンシェ屋さんになった近藤修司ドラゲー売店でもお菓子売ってるらしいぞ。
そもそもあの2013年の団体分裂直後に入門し、青木の苛烈な指導にも動員どん底期にもめげることなく王道レスラーの道を邁進してきた男が、退団するのである。「全日本プロレスという看板を裏切った」などという低次元な話ではないのは明白だ。そんな理由ならそもそも白石期に入門しねえよ。野村直矢という人を甘く見るな。もっと彼が居るのに相応しい場所を見つけたか、現在の全日本プロレスが彼に相応しい場所ではなくなったか、あるいはその両方かだ。
確かに、野村直矢の心を知る手がかりは少ない。デビュー直後のパンフレットにあったインタビューによれば、好きな選手は小橋建太。実際、本人もかなり小橋建太を彷彿とさせる選手に育った。じゃあなんでノアに行かなかったのかと言えば、団体分裂による混乱期の全日本の方がデビューできそうだったからというかなり尖った打算によるものらしい。存外に野心の人でもあるのだ。
彼を指導した青木篤志は、こんなやつはすぐ辞めるだろうと思っていたらしい。遅刻、寝坊も多く、青木を何度も激怒させた。道場の上の寮に住んでるのに遅刻するか? すごい才能である。しかも適当な言い訳をするのだそうだ。どう言いつくろっても寝坊は寝坊だよ……!
全日本プロレスは、もっとリハビリ中の野村に留意するべきであった。野村と密に連絡を取り、生活を支えてやるべきだった。でも、それをしなかったんですよね。なんでしなかったの? バイトしてるらしいという噂がまことしやかに流れていたが、マジで?
全日本プロレス専務に再び就任した諏訪魔は、野村退団報告に著しく気落ちした様子だった。でも、今までちゃんと野村くんを気にしとったんか? 諏訪魔さん、マジで他人に興味ないし、自団体の若手にも興味ないですよね。かつてアマチュアレスリングのオリンピック候補生にまでなったものの、階級消滅により五輪出場ならずという経歴を持つこの専務は、アマチュアレスリングの経歴の有無以外に他の選手を測る物差しが無い。体の大きさが並外れていれば引っかかるようだが、ジョー・ドーリングや石川修司クラスの人間がそうそうゴロゴロしている訳もない。分裂期以降苦楽を共にした野村青柳なんかより、W-1の芦野にレスリング経験があると知ればそっちにばかり興味が行く人なのだ。この辺は潮﨑豪という最高のライバルが団体内に居ながら、ほったらかして当時まだIGFの藤田の方へ行こうとして大やけどした2015年の彼への個人的怨みが非常に強いので、興が乗ると延々「ふざけんなよ」という気持ちを書き連ねてしまいそうになるのでこの辺でやめておきますが、まあなんというか、そんなに気落ちするくらいならLINEグループ作っとけ、頻繁に顔を合わせろ、Twitterでやりとりしとけという話です。
さらに言えば、野村直矢がどんなにしんどくても爪を立ててしがみついてきた全日本プロレスは、秋山準体制下のものであった。新体制との差異は何か。新体制の特徴は、先に書いたジュニアヘビー級軽視、著しいキャラクタープロレス化、そしてまあ一番の勘弁してくれポイントは、チャンピオンカーニバル公式戦で乱入とかあったことですよね。ヘビー級はある程度守られているのかなと思いきや、そうでもなかったという。しかもよりによって宮原対芦野で乱入だと。バカじゃなかろか。
キャラクター化という点で言えば、野村が欠場している間に、青柳は「陰湿キャラ」となり、ジェイクは試合中に高笑いをするヒールキャラとなっていた。
じゃあ素でトンチキ発言連発の野村は一体何キャラにされてしまうんだ……と心配していたが、何かのキャラにされてしまう未来は実現せずに済んだ。野村退団は寂しすぎるが、変なキャラ付けで語尾になんか付いたりする野村くんを観なくて済んだことには非常にホッとしたというのが正直なところだ。
野村は、TAJIRI的な、SMASH的な、WNC的な、W-1的な、キャラ付けでお客に選手を認識させようとする小手先の手法から最も遠いタイプの選手だ。
小橋建太がそうだ。
小橋が高笑いするヒールキャラをやったら万人が震えあがるだろうが、それはキャラの怖さではなく、「マジで壊れたのかな」の震えである。
小橋だけでなく、四天王の持つキャラクター性は、基本的に素の言動から導き出されたものだ。川田さんはあえて強面キャラをチョイスしていたっぽいが(後年ハッスルで確認されたように、お笑いもできる人なのに)、とはいえ厳しくえげつない言動の数々は素のものだろう。今ここで四天王を例に出したのは、「全日本プロレスの生え抜き」という系譜としてだ。鶴田も、秋山も大森もそうだろう。渕、小川、みんなそうだ。何かのキャラやキャッチフレーズが先行したものではない。大体小川さんの全日時代の「翔龍戦士」ってどういうキャッチだ。いや「龍」が天龍さんの龍なのはわかるが……。
おしゃべりが全く得意なわけではない野村は、まさにこの「素」の系譜に連なる選手だ。秋山に考えて喋れ、マスコミが取り上げること、タイトルに使いたくなるようなフレーズを作れと散々言われた青柳は(野村も同じように言われていたはずだが)、まさしく秋山が望んだ舌鋒鋭い選手となった。それはいい。素晴らしいことだ。でもそれは「陰湿キャラ」なんかじゃない。観察力が鋭く賢いというだけだ。陰湿っていうのはもっと嫌な後味が残ることばかり言って、実力が伴ってないやつのことだろ。青柳のようなハードバンプな試合をする選手は、そもそも「陰湿」にはなりえないのだ。今回死んだふりを試合中にしてましたけど、陰湿とはちょっと違うんじゃないですか(「ドッキリ作戦」だよね…)。

一度団体から心離れた野村が、いざ復帰を考える段になった時、現在のリング上を見まわして、一体おれはどのような立ち位置を、どのようなキャラを振られるのかと不安になっても仕方ないのではないか。その辺のケアはしたんですかねえ?
全くそのようには見えない全日本プロレスフロントへの気持ちは、完全に青柳優馬の試合後コメントと同じだ。

「今日のことを一生後悔しろ」。

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野村直矢全日本プロレス在籍ラストマッチは、非常に素晴らしいものだった。
欠場前と同じか、それ以上の肉体を造り上げて挑んだケジメの一戦、試合内容も以前の試合に勝るとも劣らないレベルだった。
キャリア年数としては後輩にあたるものの、野村の欠場により約2年間のアドバンテージが発生し、その間エンドゲームという複合関節技のフィニッシャーとしての価値を高め続けた青柳優馬の勝利は当然のものであり、野村が例え以前と全く異なる肉体(3倍デカいとか)を造り直して出て来たとしても、揺らぐことではない。
だが野村は、その青柳の血がにじむような努力にすら、肉薄して見せた。
これが、野村のわずか8年…休んでいたのだから6年といっていいキャリアにおいてなされること自体、凄まじいことだと言える。
野村の、爆発力と表現されることが多いが、突如として鬼の形相と化し、相手の首根っこを引き掴んでのエルボー連打、予備動作のほぼないぶっこ抜き系の投げ技、全て健在であり、むしろ磨かれていたようにさえ思えた。2年という月日が彼から奪われることが無ければ、必殺技も返し技もより一層の強度を増し、手が付けられない凄まじい選手へと成長していただろう。

繰り返しになるが、野村と青柳は青木篤志(と秋山準)が作り上げた作品である。
であればこそ、話が戻っていくが、青木の理想の相手、理想の試合とは何だったのかと考えた時、もしかしてそれは野村直矢が担えるものだったのではないか? とふと思う。階級が違うので「全日ジュニア」にはなりませんけど。でも青木が2019年のチャンピオンカーニバルで、青柳、宮原とシングルマッチをやった時のあの感じで、野村直矢とも試合をしていたらどうだったろうか。
基礎はきっちりしているのにロジックで突き詰めきれず、突然思いもよらぬ方向に爆発する野村の読めなさは、青木が「完璧以上」の試合を作り上げる相手に相応しいのではないだろうか。
いや、わからないし全部推測でしかないんですけど、青木に今の、あるいは(この後野村がプロレスラーであり続けたとして)数年後の野村直矢と試合をさせたかった。きっと青木は、試合のさなかにびっくりしただろう。そして自分にびっくりすることがあるなんて、その相手が野村だなんて、と思ったはずだ。

その野村直矢を作ったのはあんただ、青木篤志

どうして今日、あんたの姿がどこにもないんだよ。

 

野村直矢がこの後、どういった人生を送るのかは、全日本ラストマッチからまだ3日しか経っていない今、完全に不明である。
1月末のロイヤルランブルWWEデビューし、レッスルマニアブロック・レスナーと試合をして4月には世界のNAOYAになっているかもしれない。
日本の別団体に移籍するのかもしれない。
全然違う職業に就くのかもしれない。

できることなら、プロレスを続けて欲しい。そうしたら、青柳ともまたリング上で会う日が来るだろう。この業界はNever say neverだから、縁があればいつかどこかでつながるはずだ。
できることなら、私が最も思い入れのある2013-2015年の全日本プロレスで生まれた選手として、今はもう忘れられつつあるあの狭間の時代がこの業界に存在した証拠として戦い続けて欲しい。
できることなら、コーチとしての青木篤志が作り上げた選手として、青木の指導がどこの団体でも通用するようなものだったということを証明し続けて欲しい。
青柳は今はもういない秋山-青木のエッセンスを残す者として、全日本プロレスに残ることを選んだ。であれば、野村はそれが外部にどこまでどのように通用するのか、挑戦してみて欲しい。

 

でも本当はなんだって、どこだって、野村くんが行きたいところで、やりたいことができるならなんでもいいんだ。

私が初めて思い入れを持って、リアルタイムに追った2013-2015年の全日本プロレスは、素晴らしいが同時に厳しく辛い時代だった。
野村くんはあの頃、未来の象徴、赤く燃える希望の炎だった。
まだ若く、毎日大変だったろうに、そういう存在でいてくれて本当にありがとう。

 

野村直矢がどこに行こうとも、幸運が彼を守ることを、ただ祈り続ける。

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【12.22追記】

この12.16後楽園ホール大会の記事が掲載された週刊プロレスNo.2157が発売されたので購入し、該当記事を読んだのですが、概ね私が↑で書いた会社批判的なものが的を得ていたことがわかり、心底ぐったりした気分になったと共に、いくつか新しい事実もあったのでそのことについて補足追記をします。
詳しくは週刊プロレスを読んで頂くこととして、とりあえず一番衝撃的だった一文を引用させて頂きます。

治療を経て状態の落ち着いた野村はプロレス以外の仕事を見つけ、心はすでに全日本プロレスから離れていた。

いやあの、バイトしてるらしいという噂を聞いた話も↑に書きましたが、就職してた!?
宮尾記者の記事は、色々書いてあるものの、推定部分が多いので、確定事項として読めるのはこの「治療期間は終わっていた」というところと、「就職していた」というところだと思われる。
宮尾記者の推定も含めると、時系列は以下のような感じだろうか。

治療期間が一応終わった

野村と団体の間でなんらかの事項が合意に至らず復帰の算段が付かなかった(この辺、退団会見では首がまだ完全に治っているとは言えずGOサインが出せなかったというような説明はあったし、野村自身も少し痺れが残っているとは言っている)

交渉決裂し、野村はプロレス以外の職業に就き、団体側はこの件に関してほったらかしたまま今に至っていた

団体内には野村の名前を出すのはタブーであるかのような空気が漂うようになっていた

同期であるジェイク・青柳の強い要望により、保留のままとなっていた野村の件を年内に片を付けるという運びになり、退団マッチが組まれた

 

…………いや、あの、↑でも書いたけど、ほったらかすなよ。
マジでなんなんだろう。正気を疑うレベルだ。

頸椎椎間板ヘルニアは非常に扱いが難しい。首はプロレスラーの生命線だ。
2012年に一度引退したエッジは、レッスルマニアの後、ドクターチェックで「あと1回でも試合をすれば、一生車椅子で過ごすか死ぬかのどちらかです」と言われ、引退を選んだ。彼の現役キャリアを一度絶ったのは、2003年に大手術をして治ったはずの首だった。
8年間の休養を経て、エッジはリングに戻って来られたが、それはさておき、首のケガは「車椅子か、死か」という言葉がある日突然提示される類のものなのだ。
なので、野村を復帰させるか否か、そのタイミングはいつかということについて揉めるのはわかる。わかりますよ。
でもなんで決裂に至ってそのまま放置してんだよ!!!!

本当にどうかしている。企業として、無責任にもほどがある態度だ。
「プロレスラーは個人事業だ」という言葉は、まるで慣用句のようにこの業界でよく使われている。毎日のトレーニング、自己研鑽、技の研究、コメントや日常での発信を含めた自己プロデュースなど、プロレスラーがやらなくてはならない「仕事」はリング上だけに留まらず、それは会社のコントロールを離れている部分が大きいためだ。会社がどんなに持ち上げても、トレーニングをするかしないかは本人の意志次第だから。それはまあ、そうだ。
……とはいえ、野村の事例を待たずとも、会社側がこの言葉に甘えてきたという側面もまた、かなり大きいように思われる。最終的な責任をレスラー個人に帰し、本来雇用主が負うべき社会的責任を手放している側面が。
レスラーの行動が個人事業主に見えても、企業が賃金を払い、労働契約の下に彼らを使用しているのであれば、立派な企業労働者である。これはフリーだろうがなんだろうが、企業が契約で守る範囲にいるなら誰でもそうだ。当たり前だ。一般企業で、正社員でないからといって、労働基準法を無視して働かせるようなことがあってはならないのと一緒だ。
企業には企業の責任というものがある(この話は次に書く予定のエントリに続く)。

 

現在の全日本プロレスについて、私はもはや問題提起や抗議をしようという気力は一切ない。事ここに至り、なるようにしかならないという諦念の方が圧倒的に強いからだ。
ただ、今回野村の件を埋もれさせずに働きかけたと思しき(思しき、でしかないが)青柳、ジェイクの二人をはじめとした、真っ当なレスラーも在籍していることを忘れずにおきたい。もうそれくらいしか私にできることは無いからだ。青柳、ジェイクの同期愛というものが少しでも見えたのは、今回の件において、わずかではあるが救いにはなった。

 

どうか彼らの被る苦しみが少なくて済みますように。

そう祈るしかない。